2.農山村の価値と町村の創造力


(1)農山村の多面的な価値

@生存を支える
 農山村は、農林漁業にかかわる生産活動が行われることによって、そこから食料その他の多様な農産物や海産物を生み出しています。また地域の暮らしから育まれたワザを駆使して、それらを様々に加工した品々も全国に供給されています。そうした生産物は、全国民が生存していくための基礎的な拠りどころになるはずのものです。
 食料だけではなく、居住環境をつくるための資材を生産し、それらを加工する上でも、農山村は大きな役割を果たしています。森林は、COの吸収など公益的機能を有し、最近ではその役割が再認識されています。

A国土を支える
 多くの農山村は、我々の生存を支える生産機能だけでなく、その他にも、「国土の保全」「水源のかん養」「自然環境の保全」といった、多様で多面的な機能を果たしています。
 河川を通じての都市と農山村の関わりは、多様で深いつながりを保ってきました。上流地域と下流地域との交流の形として、農山村と都市が連携して、固有の流域圏文化を育んできた地域も数多くあります。農山村の多面的機能は、国土を支えるとともに、都市・農山村を包含し、互いを融合してきた日本の文化そのものだと言えるでしょう。

B文化の基層を支える
 農山村は、その固有の生活、生産の現場としての営みを通じて、日本文化のいわば基層を形成してきました。それが現在、スローフード、スローライフという言葉によって見直されつつあります。21世紀を迎え、これからの日本再生に不可欠な視点は、自然や環境をいかに守り、再生し、新しい生活のなかにどう活かすか、ということではないでしょうか。そのとき、農山村の育んできた文化は、何ものにも代え難い貴重な存在になるでしょう。

C新しい産業を創る
 農山村は、これからの日本の新しい産業を展開する場としても位置づけることができます。たとえば、農山村で自然にふれ、農業も体験して、ゆったりと余暇を過ごすグリーンツーリズムが、すでに多くの地域で取り組まれています。保健・医療・福祉といったヒューマン・サービス産業の主要な舞台となる期待もありますし、農山村地域の豊かな自然環境のなかで、新しい技術開発に取り組んでいる企業も多くあります。
 このように見れば、農山村こそ、これからの社会を活性化していく、新しい産業が展開される有望な場であるといえます。

(2)町村の創造力 〜小さな自治・息づく地域〜

 現在全国では、創造力に富む、実に多様な地域づくりが行われてきました。それは、ほぼすべての行政分野にわたっています。
 町村という、人口面で比較的小規模であるがゆえに可能になった試み、集落などにおいて農山村の地域特性を十分に発揮しながら取り組んでいるケース、またこうした試みが国全体の新しいモデルとなっているもの、そしてこうした試みを通じて、住民と行政が、地域の自立と尊厳を十分に認識しながら、それに基づいて、鋭意、地域づくりに取り組んでいるものを中心に取り上げました。
以下、そのような取り組みの実態をいくつかの分野ごとに素描します。

 ここで取り上げた事例は、作成協力者である「町村の新しい自治制度に関する研究会」の委員各位の調査や、全国町村会の機関紙「町村週報」に掲載した事例等、ごく限られた資料をもとに構成したほんの一例に過ぎません。全国の町村には、この他にも独自の取り組みや施策を展開しているところが数多くあります。

@行財政改革
 町村という、どちらかといえば人口の少ない自治体においては、行財政改革にも具体的なテーマを決めて取り組みやすいという利点があります。北海道ニセコ町では、自治体の予算規模やその具体的な内容を、住民に徹底して情報公開し、地域の現状の理解を促し、地域づくりの原点としています。大規模な自治体に比べれば、こうした改革は格段に実施しやすく、その優れた仕組みが多くの自治体の共感を呼び、その仕組みと改革の息吹は全国的な展開となりました。実際に町村が展開している事務や事業についても、福島県飯舘村のように、住民から評価を受け、その結果を反映して、新しい取り組みに着手することで、従来の慣行に流されない行財政改革を断行するという展開もあります。とかく規模が拡大しやすい公共施設の建設等に際しても、その施設の維持や管理を将来にわたって考慮するとき、住民との徹底した対話をとおして適正な規模に合意できるのです。

A新しい公共事業・独自の補助事業
 国の基準による、全国一律の公共事業ではなく、町村の特性を活かした、地域独自の新しい公共事業を進める試みが各地で進んでいます。国による一律の基準では、農山村ではかえって負担が大きくなったり、地域の実情に合わない事業を実施することになります。また、そのことによる住民の直接的な負担も看過できません。長野県栄村では、国や県の補助による農地の基盤整備事業ではなく、山村の実態に合わせた小規模の整備事業を、村独自の事業として実施しています。農家と村職員と技術者が田んぼの現場で相談しながら事業を行います。こうした地域独自の取り組みをとおして、地域の実情に通じた専門性の高い役場職員が育成できることも見逃せません。このような新しい公共事業が地域に根付くことは、将来的には町村に新しい産業を創出することにもつながるのです。

B農業振興
 地域内で農業が持続的に展開するためには、第一に、地域資源を持続的かつ的確に利用することにより、地域固有の農産物の生産、生産方式・生産構造の構築が必要です。秋田県山本町のじゅんさい生産や徳島県上勝町のつまもの生産などは、特に地域条件を活かした取り組みです。第二に、収益力の高い農業を実現するために、地域資源や農産物を多面的に活用することも欠かせません。「農業の6次産業化」と言われる加工、販売は、高知県馬路村のゆず製品に代表されます。また、地域資源と結合したグリーンツーリズムは岩手県葛巻町や島根県石見町をはじめ、各地で活性化しています。そして、こうした取り組みを支援する行政には、地域の自然環境条件から歴史・文化に至るまでの広く深い認識が必要であり、むしろ小規模な自治体が優位性を発揮することが少なくありません。また、後者の課題遂行のためには、行政の部局間の連携が必要であり、小規模性はメリットとして作用しています。

C林業振興
 現代の林業は、森林組合作業班や第三セクターを含めて雇用労働力によってその大宗が担われています。そのため、林業振興はU・Iターン等の定住施策とが結合して取り組まれることが多いのです。最近では、都市在住の若者の一部に「田舎暮らし」志向が強まっており、林業は、「山村らしい働き場」として、若者の就業も活発化しています。熊本県小国町の「悠木産業株式会社」や宮崎県諸塚村の「ウッドピア諸塚」は、第三セクター方式による林業会社の先発事例であり、若者の定住と就業を実現しています。また、和歌山県美山村の森林作業員「グリーンキーパー」制度も同様の発想によるものです。こうした取り組みは、実は小さな自治体の得意分野のひとつです。地域産業振興の課題を的確に把握すると同時に、U・Iターン者の暮らしや就業支援には、彼らの目線に合わせた、きめ細かい対応が不可欠です。それは、地域に精通した行政によってはじめて実現するものであると言えます。

D情報化
 地理的遠隔地に立地する割合が高い町村では、情報化社会への対応は重要な政策課題です。そのため、ここには個性的な取り組みが数多く見らます。情報基盤の整備では、パソコンの購入助成からCATVの導入まで多様な事業が実施されています。特に、どの地域のCATVでも問題となるのは、地域らしいソフト(番組)作成ですが、青森県田子町のように、生活に密着した番組作りをおこなっているケースもあります。ここでは、計画から運営まで約100人の住民が参加し、番組にも積極的に出演しています。そのため、自分たちのテレビ局という意識が住民に定着し、生活の一部になっています。小さな町村による取り組みの大きな成果と言えるでしょう。また、一般に高齢化が進む町村では、情報基盤の健康・福祉への利活用も重要な課題です。福島県葛尾村で見られるようなISDN回線を利用したテレビ電話による診療の試みは、小さな村ならではのきめ細かい対応として評価できます。

E人材育成
 農山村は、これまで数多くの人材を輩出してきました。農山村の過疎化は裏を返せば人材を大都市など他地域に供給してきたことにつながります。そして成功した人の多くが、幼少時代に豊かな自然の中でのびのびと暮らしたことの意義を強調します。農山村ではまた、高度に分業化された企業の中では果たし得ない、自分で何かを初めから終わりまでやり抜くという貴重な体験を積むこともできます。農山村は人材育成の場としての優位性を常に持ち続けているのです。長野県浪合村では、地域での生活の知恵と技を持つ高齢者が、総合的な学習の運営に悩む学校の先生に教え方を教えるという、「山の学芸大学」と言われるような活動を行っています。都会の若い女性に1年間住み込みで農業体験や工芸研修を受けてもらう「女性農村研修制度」を実施して地域の活気を取り戻した島根県石見町の例もあります。
 地域内の人材、とくに農林業の担い手育成は、町村の重要な仕事になっています。新規就農者確保のため、住居の斡旋や農業体験実習を実施して、U・Iターン者に対する便宜を図る町村、人材の減少と高齢化に晒されている林業労務者の確保のために、全国公募で参入者を集める町村が多数見られるようになり、成果も上がっています。外から来た人の目で地域の資源を掘り起こし、新製品の開発事業に結び付けようという島根県海士町の取組みなど、ユニークな事業も見られます。また、地域のことを知り尽くしている高齢者の知恵や、新しい技術に明るい若者の知恵を地域の振興に役立てようという動きも見られます。
 「小規模自治体では必要な人材が確保できない」というのが、合併推進の一つの理由になっていますが、小さな自治体でも人を惹きつける感性があれば、人材を集めることができることが示されています。いやむしろ、現代社会において農山漁村に踏みとどまり、そこで生き抜こうとする気概を持つ人材は、措くあたわざるものです。心の豊かさが求められる新しい時代にふさわしい人材は地域にこそいる、また地域でこそ育つと考えるべきではないでしょうか。

F教 育
 農山村の豊かな自然環境が子どもの教育環境として優れていることは間違いありません。しかし、我が国の義務教育は、発足以来今日まで、全国どこでも同じ教育を受けられるということを目標に行われてきました。その中で、過疎化や少子化により、複式学級化や学校の統廃合を余儀なくされた地域も数多いのです。子どもの教育環境が整わないから農山村には住めないという、逆説的な状況も生まれています。そのような状況の中で、例え児童が一人でも町が単独で教員を確保して、複式学級化をしないという山梨県早川町や、住民の発議を活かして廃校の予定だった小学校を素晴らしい設備の学校兼コミュニティセンターとして建て替えた山形県小国町など、小学校が地域の核であることを認識して、地域内の教育の体制を維持することに力を注いでいる町村があります。また、全国一律の教育が子供の地域離れを招く要因であると考え、地域教育に力を注ぐ町村もあります。いずれも、地域の将来を担うべき子供たちの育成を他の分野の事業に優先して取り組むべき課題として、努力を傾注している例です。小規模な自治体であるからこそ、施策間の調整を図りやすく事業の優先度について思い切った決断ができるのです。

G文 化
 日本の文化は多様であり、しかも地域ごとに変化に富んでいます。長い歴史の中で育まれてきた地域の文化、新たな交流の中から生まれた新しい地域の文化。地域の文化は地域で暮らして行くために欠かせない誇りの源泉です。そしてこのような文化を育み、次の世代に伝えて行くために、町村は多様な努力を行ってきました。農業の豊作を願って奉納されてきた文楽を再興して、村おこしの中心に据えた熊本県清和村。薬草を用いる文化を護ってきたことを誇りとして現代に活かす岐阜県春日村。村全体が独自の環境と文化を持つミュージアムだとして、交流をもたらす資源として活用する山形県朝日町、沖縄県南大東村の例なども見られます。狭い地域、小さな町村の持つ文化の中には、世界的な価値を持つものが少なくありません。地域の文化を知悉した住民と行政の連携によって護り育んできた文化への想いと護り育む力が、そこにはあるのです。

H住民参画
 町村では、「顔が見える規模」であるという利点を活かして、情報の共有と住民参画の徹底を図り、住民と行政の新しい協働システムを構築することが可能です。すでにその取組みを行っている町村は多数あり、そこから新しい自治の在り方が見えてきます。
 住民自治の根源は集落自治にあるとして、村の中のさらに小規模な集落の自治を大切にしてその上に村政を組み立てている沖縄県読谷村。住民参画によってつくられた集落活性化のための計画を町村の総合計画に採り入れる岩手県藤沢町、さらに、住民による集落活性化の提案に事業費補助を行う動きは、福島県只見町、鳥取県智頭町、広島県高宮町など多数見られます。地域のことを知り尽くした住民が、身近な世界だからこそ鮮明に見える課題に取り組み、自分たちで地域の将来像を提案することには、強い意義があります。そして住民参画による提案を実現に結び付けるためには、提案の内容や意味を理解できる首長や議会が身近なところに存在することが重要なのです。そのため役場職員の地区担当制を採用したり、地区センターにまちづくりを担当する職員を配置するなどして、住民と行政との距離を行政の側から縮めようとする動きも見られます。

I福祉・健康
 地方自治体の存在意義は、住民に身近な行政として、住民を支えるという責任を果たすことではないでしょうか。住民生活にかかわる身近な行政分野とは、福祉や環境にかかわる課題だといえます。とくに町村が担うには複雑で困難な仕事だといわれる介護保険行政に関しても、小さいからこそ可能になったり、小ささを逆手に取った、きめ細かい施策を展開している事例も多いのです。秋田県鷹巣町では2万2千人という人口を、介護保険を担うには適正な規模としてとらえ、7つの小学校区ごとにサテライト施設を配置し、身近な場所でサービスを受けられる体制をしいています。また規模の小ささゆえに、顔見知りの住民どうしが集落で支えあう、長野県栄村の「げたばきヘルパー制度」なども、福祉事業をとおして住民レベルから村を活性化する仕組みといえます。

Jグリーンツーリズム
 いま旅の主流は、物見遊山的観光旅行から、自らの生活にない人の動きや風景を感じ取る旅に変わりつつあります。そのような意味での地方から大都市への旅行も多いのですが、大都市の人々が地方でゆったりと時を過ごし、そこで育てられてきた農林漁業や食文化に関わるさまざまな人のワザを体験することが、都市にはない豊かな時間と受けとめられるようになってきました。この動きに対応し、農山村のワザを活かして、自然と共生する小さなビジネスがグリーンツーリズムに他なりません。群馬県の川場村は、早くから東京都世田谷区と協定を結び、区の保養施設を中心に多くの大都市の人々を受け入れ、そこに多様な交流の場をつくり上げてきました。山梨県の早川町では、上流文化圏研究所を置いて、そこに大都市の若者を常駐させ、奥地山村の価値を問い続けてきましたし、宮崎県西米良村では、都市の人々が長期滞在の中に充実した時間を過ごせるワーキングホリディのしくみで評価を受けてきました。大分県安心院町では、農家をそのまま宿泊施設にできるようなオリジナルな農村民泊方式を考え出し、大分方式として普遍化される流れにあります。そしてこのような農山村の新しい生き方を議論し、大きな影響を与えている場として、熊本県小国町で開講されている九州ツーリズム大学があります。このように農山村の空間の価値を活用しようという取り組みは、いずれも町村という自治体の現場の中からオリジナルに生まれてきたものであり、これからのわが国にとって極めて貴重な存在と言えます。

K環 境
 近年大都市及びその周辺から、廃棄物が山村や離島に不法に投棄される例があとを絶ちません。都市は高密の社会をつくり出すことによって経済的に繁栄してきましたが、自らの始末をきちんとつけられていないのです。これはかけがえのない地球環境にとって極めて大きな問題です。エネルギー供給という点でも、かつての発電ダム、今の原子力発電所の多くは農山村に立地しています。一方上流に住む農山村の人々は、生活水準の上昇の時代に生活排水で水質を悪化させたりしましたし、自らの風景の美しさに敏感ではなかった時代もありました。しかし、今は多くの町村で自然と共生する価値に気づき、自然環境をいかに望ましい状態で持続させるかに心を砕いています。川上の名を冠する全国の6町村が、「きれいな水を流し、自然と共生する生活をつくり上げる」ことを謳った「川上宣言」を発表しているのを始め、草原の野焼きをボランティアの参加で継続している大分県久住町や、風力で消費電力の4割を発電している山形県立川町、新しく開発された草地で複合的な畜産振興に成功し、さらに風力発電をそれに活かそうとしている岩手県葛巻町など、自然と共生しつつレベルの高い生活をつくる試みは、枚挙に暇がありません。


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 これらの事例は、いずれも町村がその地域特性をもとに創造力を発揮した実証例です。
 これからの地域のあり方を議論するとき、こうした「小さな自治」が取り組んだ成果を活かす必要があります。また、そこに暮らす人々が育んだ、何ものにも代え難い地域への熱い思いが「息づく地域」づくりを目指さなければなりません。

 




表 紙
1.容認し難い自治体再編論―合併から合併後へ―
2.農山村の価値と町村の創造力
3.町村の訴え