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福呼ぶ市に笑顔が集う

印刷用ページを表示する 掲載日:2013年2月4日
 

福呼ぶ市に笑顔が集う

  

宮城県南三陸町

2828号(2013年2月4日)

毎年暮れの29日に開催されてきた「志津川湾おすばで※祭り」は、南三陸町にとって年の瀬の風物詩で、お正月を迎えるための食材や1年の感謝を込めて販売される 品々で賑わうお祭り。2011年の暮れからは「志津川湾おすばで福興市」と名を変えて開催しています。2012年の「おすばで福興市」も、たくさんの買い物客で熱気にあふれていました。

  

※おすばで・・・三陸沿岸部で「酒の肴」「おつまみ」を意味する   

生業は捨てたくない

2011年東日本大震災の数日後、全国の商店街を結ぶ「ぼうさい朝市ネットワーク」のメンバーが各地から町を訪ねてくれました。「今後、どうしていきたい?」との問いに、 町の商店街の誰もが、「また商売がしたい」「自分たちの生業を取り戻したい」と答えていました。意思の確認ができたところで、人が集まる市をやろう、と方向性が決まり、 早速準備が始まりました。震災から1カ月半後の4月29日(金・祝)と30日(土)に開催日を決定。当時、被災の影響で地元の商品は何もなく、呼びかけに応じてくれた全国の商店街からの 様々な名産品などの提供に支えられてのスタートでした。2日間で1万2000人を超える来場者を得て、町の商店街の面々は、自分たちの生業をもう一度この町で再開したいと強く思ったのです。

「福興市」は、ほぼ毎月月末の日曜日に開催している

  

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復興ではなく、「福興」

このようにして開催されることになった市は、「福興市」と名付けられました。復興のための市ではありますが、「福が興る市」にしたいとの思いが込められたのです。 震災直後は、財産を失った町民もいたため、地域通貨「TACO(タコ)」を設定し、他県で避難生活を送る町民も含め、1人あたり300タコを配布しました。できるだけ多くの町民に 「福興市」で買い物を楽しんでもらおうとの考えでした。

そして、回を重ねるごとに「福興市」は、かつて季節ごとに町で行われていた「お祭り」と連動するようになり、それぞれのお祭りの常連客も戻ってきてくれています。 他にも、町の観光協会で「福興市訪問バスツアー」を主催するなど、様々な取り組みが奏功し、1回の市で常に1万~1万5000人の来場者を迎えてきました。

町の名産「ミズダコ」は一番人気

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笑顔が集う「福興市」を続けて

先の見えない復興計画をまんじりと待つのではなく、町を愛する町民の手で生まれ変わる町を盛り上げていこうと始めた「福興市」。今では地元商店街からの出店が 6割にまでなりました。営業再開の準備がなかなか整わず、福興市でしか商売ができないお店のためにも、できるだけ「福興市」を継続していきたいと、南三陸福興市実行委員会委員長の 山内正文さんは言います。出店者だけでなく、全町民にとって「福興市」は、集いの場であり、情報交換の場。月に1度の「福興市」に行けば、みんなの笑顔に会える…。「福興市」は、 これからも町の復興・再生を長く長く見守り、支えていく存在であり、町にとって元気の源であると町民誰もが感じています。

南三陸福興市実行委員長の山内正文さん

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