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岩手県葛巻町/ミルクとワインとクリーンエネルギーの町 ―葛巻町の挑戦―

印刷用ページを表示する 掲載日:2024年1月8日

上外川高原の風力発電所

▲ 標高1,000mを超える上外川高原では「グリーンパワーくずまき風力発電所」12基と
「くずまき第二風力発電所」22基が立ち並び、一般家庭約5万世帯分の電力を発電している。


岩手県葛巻町

3265号(2024年1月8日)
岩手県葛巻町 農林環境エネルギー課 環境エネルギー室
村上 唯


はじめに

 標高1,000mを超える「上外川高原」では雄大な放牧地と風力発電所が立ち並び、葛巻町の代表的な景色を一望できます。現在、34基の風力発電所で約5万世帯分もの電力を発電しています。

 本町が平成11年に初めて取り組んだ「エコ・ワールドくずまき風力発電事業」も標高1,000m級の高原地帯で行われ、当時山の上で行われる風力発電事業は前例がなく多くの注目を集めました。観光客受け入れ数(表1)も風力発電所建設後、約2.5倍に増加しています。多くの観光客が訪れるとともに、町の特産品である乳製品や山ぶどうワインが高い評価を得ることで、町には活気や誇りが生まれました。そうした相乗効果もあり、クリーンエネルギーは、町の基幹産業である酪農と林業とともに重要な位置づけとなっており、「ミルク(酪農)とワイン(林業)とクリーンエネルギーのまち」というキャッチフレーズを掲げまちの活性化に取り組んでいます。

表1 観光客受け入れ数
▲表1 観光客受け入れ数

基幹産業「酪農」と「林業」

 本町は岩手県の北東部に位置し、周りを標高1,000m級の北上山系に囲まれ、平均気温は8.4度の高原地帯で、その冷涼な気候を活かした酪農や、町面積の85%を占める森林を活用した林業の振興を続けてきました。

 酪農は明治25年にホルスタイン種が導入されてから今年で131年目となり、現在、乳牛の飼育頭数8千頭以上、牛乳生産量90t/日(令和4年度末)を誇り「東北一の酪農郷」となっています。このように規模拡大したのは、昭和50年代に、岩手県内に食料基地を作ることを目的として行われた国の「北上山系開発事業」によるもので、町内3つの地区において総面積1,100haにも及ぶ草地が造成されました。

 放牧地を管理するために設立された、第三セクターの一般社団法人葛巻町畜産開発公社では、牛の夏季放牧のほか、酪農家から預かった仔牛の保育育成事業、牛乳生産、チーズやヨーグルト等の加工品製造、宿泊施設「プラトー」の経営に至るまで幅広く事業展開をしています。

 林業は古くは木炭生産が盛んでした。木炭の需要が低下してからも林業が基幹産業であることに変わりはなく、計画的な森林施業の実施のほか、造林を進めてきたカラマツ材のブランド化などさまざまな工夫をしながら振興を図ってきました。また、山の中に自生する山ぶどうは、ツルが枝に絡まり森林施業において邪魔ものとされてきましたが、昭和54年からこの山ぶどうを原料としたワイン造りに挑戦し、現在第三セクターの株式会社岩手くずまきワインがワイン製造を担っています。当初山ぶどうは酸味の強さからワイン造りには適さないと言われていましたが、改良を重ねていくことにより、現在では国産ワインコンクールで多数の賞を受賞するなど、全国から高い評価を得ています。

三本目の柱「クリーンエネルギー」

 本町の三本目の柱「クリーンエネルギー」ですが、これは無駄、邪魔ものと捉えられていたものを「宝」と捉えるという発想が取組につながっています。例えば、山間高冷地に吹く使い道のない強い「風」や、家畜排泄物から発生する「メタンガス」や森林施業で発生する「間伐材」等も捨てずに有効活用してきました。平成11年には全国に先駆けて「葛巻町新エネルギービジョン」を策定し、風や太陽光といった「天のめぐみ」、森林や家畜排泄物等の「地のめぐみ」、葛巻の文化や風土を育ててきた「人のめぐみ」を活かして環境負荷を減らすことを基本理念とし、町全体でクリーンエネルギーの取組を推進してきました。​

町内いたるところでクリーンエネルギー

  町の随所で地域の特色を活かしたクリーンエネルギー設備を見ることができます。

畜ふんバイオガスプラント

(1)畜ふんバイオマスの利活用

本町では、日量600tもの牛のふん尿が発生し、その適正な管理と堆肥化の過程で発生する温室効果ガス「メタン」の抑制が課題となっており、平成15年に「畜ふんバイオガスプラント」を導入しました。本プラントは葛巻町畜産開発公社で飼育している仔牛のふん尿を原料にメタンガスを発生させ、そのガスから電気と熱を作り全て自家消費しています。また、メタンガスが発生した後に残る液分は「液肥」として農地に還元しています。

 さらに平成24年からは一般家庭約1,000世帯分と事業所から発生する生ゴミを回収し、プラントの原料としています。これにより、燃えるゴミ約3割の削減に成功しました。

(2)木質バイオマスの利活用

 町で古くから使用されているクリーンエネルギーとして、木質バイオマスがあります。本町では昭和56年に地元の製紙用チップを製造する企業が、産業廃棄物として捨てていた木の皮(バーク)から「木質ペレット」の製造に成功しました。町は、木質ペレットを積極的に活用するため、老人ホームや病院、小学校等、町内20箇所以上で暖房用ペレットボイラーやペレットストーブを導入しました。これらの施設を合わせると年間約900tの木質ペレットが使用されており、灯油換算で1,000t-CO²以上の削減に貢献していることになります。

(3)環境への配慮、災害時の安心安全のためのクリーンエネルギー

複合庁舎「くずま~る」

 町はクリーンエネルギーによる発電事業に取り組んでいたものの、2011年の東日本大震災の際、停電を経験しました。震災前から「安全・安心に暮らせるまちづくり」には力を入れていましたが、改めてその重要性が浮き彫りとなる出来事でした。これを受け、震災後1年という短い期間で避難所となるコミュニティセンター25箇所に太陽光発電と蓄電池を設置し、以降も小中学校や観光施設等への積極的な設置を進めました。

 また、令和4年11月1日に開庁した葛巻町の複合庁舎「くずま~る」は、地中熱の利用、バルコニー軒による日射遮蔽、LED照明の採用、太陽光発電の設置等、「クリーンエネルギーの町」らしい環境に配慮した設計となっています。また、くずま~るは、行政・交流・商工・金融の機能を合わせ持つ施設であり、多くの人が集う場であることから、寒さ対策のためにペアガラスを採用したり、災害対策のために蓄電池を導入する等、快適性や安全性も追求しています。

脱炭素の取組、主役は町民

町内児童を対象とした伐採、薪運び

 本町は早くから町民への普及啓発事業にも取り組んでおり、平成16年に「葛巻町省エネルギービジョン」を策定し、町民、事業者、行政が共通の認識を持ち一体となって活動してきました。

 平成15年から始まった「エコ・エネ総合対策事業」は、自宅や事業所へ太陽光発電、LED照明、薪ストーブ等の新エネルギー設備や省エネルギー設備を導入する際の費用の一部を助成するものです。これまでに、太陽光発電は70台以上、薪ストーブは100台以上が設置されており、温室効果ガス排出削減に寄与しています。

「全日本薪積み選手権大会」


 また、普及啓発事業の一環として、平成19年からは、町の森林資源である薪に親しむユニークなイベント「薪・牧・巻トリプルまきフェスタ」を開催しています。イベントでは、町内児童を対象とした伐採、薪割り、薪運び体験が行われるほか、制限時間内に積んだ薪の高さや、テーマに沿った薪アート作品を通気性、安定性等の観点から評価する競技「全日本薪積み選手権大会」が開催されます。大会には地元の子どもから大人のほか、町と関わりの深い都市部の企業も参加し、薪を通した都市と農山村の交流につながるとともに、豊かな森林づくりや地域の森林資源利活用の大切さを学ぶ機会にもなっています。

町全体がクリーンエネルギーの博物館

葛巻高校生によるクリーンエネルギー施設見学の様子

 本町にはさまざまなクリーンエネルギーを活用した施設があることから、町内の小学校・中学校・高校では環境学習の機会が設けられ、町の取組や施設の見学を通し、地球温暖化問題や持続可能な地域づくりに対する理解を深めています。

 また、町の最重要課題である人口減少問題の解決に向けた取組として平成27年から、町内唯一の高校である岩手県立葛巻高校において、「くずまき山村留学制度」を実施しており、現在は町外から26名の生徒が入学しています。山村留学生は、授業だけでなく、第三セクターを通した酪農体験、ワイン工場見学、クリーンエネルギーの取組等を学び、農山村が持つ食料供給力、環境保全力、エネルギー供給力等を体感することができます。

 さらに、こうした体験や学びを地元で生活している家族や友達に発信してもらうことで、農山村の魅力を知ったり、興味を持つきっかけとなったりするなどの副次的効果も期待できます。

 このように、町全体がクリーンエネルギーの博物館のような存在となっており、子どもたちの学びの場となるとともに、町外への情報発信の役割も果たしています。

これからも町の挑戦は続く

牛と風車

 本町は現在消費電力の3.6倍もの電力を発電していますが、その大半は風力発電によるもので、しかも全量が固定価格買い取り制度(FIT制度)を利用し売電されており、直接町内に供給されているわけではありません。

 また、FIT制度を活用した発電事業は、その買い取りに要した費用の大半が「賦課金」という形で電気料金に上乗せされ、どの地域も等しく電気消費者が負担しており、クリーンエネルギーの取組を推進しているからと言って、電気代が安くなるわけでもありません。したがって、「クリーンエネルギーの恩恵を実感しにくい」というのが現状です。

 こうした状況を解決するためには、「地域の資源を地域のために使う」ことが重要であると考えます。町内で発生する家畜排泄物から取り出した電気や熱を活用した高付加価値農産物の生産や、自家消費型太陽光発電の導入促進による町民の経済的負担軽減、クリーンエネルギーを求める企業の誘致による雇用の創出等、「クリーンエネルギーが豊富な葛巻町に住んでいてよかった」と実感してもらえるような施策にこれからも挑戦していきます。


岩手県葛巻町 農林環境エネルギー課
環境エネルギー室
村上 唯