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千葉県長柄町/デザイン思考を用いた産官学連携のまちづくり

印刷用ページを表示する 掲載日:2022年2月14日

「リソルの森」

▲長柄町版CCRCの拠点となる「リソルの森」
(写真提供:リソルの森株式会社)


千葉県長柄町

3189号(2022年2月14日)
長柄町タウンアドバイザー
千葉大学大学院国際学術研究院助教
株式会社ミライノラボ代表取締役
田島 翔太


長柄町の概要

千葉県長生郡長柄町は、1955年に長柄村、日吉村、水上村の3村が合併し誕生した面積47・11㎢、人口6、593人の県内で二番目に人口規模の小さい町です。房総半島のほぼ中央部の丘陵地に位置する長柄町には古くから人が住み、全国的にも珍しい古墳時代の高壇式の横穴墓は国指定文化財に指定されています。また、アース式ダムとして日本最大級の長柄ダムは、周辺地域一帯の水源として重要な役目を果たしています。

町の主産業は製造業、医療福祉、サービス業、建設業などで、飲料の受託製造企業として国内最大級の生産ラインを有するジャパンフーズ株式会社や、総面積100万坪の敷地に各種スポーツ施設、グランピング施設、レストラン、クリニックなどを併設した総合健康リゾート「リソルの森」があります。また、主幹産業の一つである農業では、コメ、タケノコ、イチジク、自然薯など、年間を通してさまざまな作物が採れ、都市住民向けのグリーンツーリズムも盛んです。新鮮な農産物を販売する「道の駅ながら」は、近隣住民だけでなく房総半島を訪れた観光客に人気があります。また、町内で建設業を営む太陽建設株式会社が農産物直売所やレストラン、カフェをオープンし、多くの観光客が訪れています。

近年、首都圏中央連絡自動車道のスマートICが開通し、都心から車で70分という立地を活かした移住・定住に力を入れています。2015年から始まった長柄町空き家バンク制度は2020年までの累計で51世帯72名の移住者の利用がありました。また、役場内での移住相談窓口の設置や、住宅リフォーム補助、住宅新築補助などのほか、ラッピング高速バスの運行、千葉大学の学生による移住・定住ガイドブックの作成、後述する特産品開発などを通じて、町のPRに努めています。

長柄町の人口は1995年頃から減少傾向にあり、人口減少に伴う公共交通機関の衰退などの問題を抱えています。また、2019年の房総半島台風では町内全域が停電し、同年の東日本台風に伴う豪雨では町内を流れる一宮川が氾濫するなど、近年は災害に対する備えも課題になっています。

史跡長柄横穴群

▲史跡長柄横穴群

 

ながらグリーンツーリズム

▲ながらグリーンツーリズム

 

長柄町版大学連携型生涯活躍のまち

長柄町と千葉大学は2015年に地方創生に係る連携協定を結び、「長柄町版大学連携型生涯活躍のまち(長柄町版CCRC)」に取り組んでいます。CCRCとはContinuing Care Retirement Communityの略で、アメリカの高齢者向け医療・介護付きコミュニティをモデルとし、都会の元気な高齢者が地方に移住し健康でアクティブに暮らすまちづくりを目指すものです。長柄町版CCRCの特徴は、リソルの森を中心とした既存の施設活用によるコミュニティづくりです。リソルの森にはすでに100世帯を超す居住者がおり、プロスポーツ選手から子どもの合宿まで多世代が交流する基盤があります。このような地域資源を活かし、大学の知見も加えた大学連携型CCRCの実現を目指しています。

千葉大学と長柄町の連携のきっかけは、2015年度の文部科学省「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)」です。COC+は、大学による地方での産業振興、雇用創出を目的とした地方創生事業で、大学と自治体が連携し、地域でのさまざまな教育・研究活動を推進します。長柄町では、筆者の所属する千葉大学国際学術研究院のほか、予防医学センター、工学研究院、園芸学研究科など複数の部局から教員や学生が参加し、外出頻度を高める心と体の健康空間デザインに取り組んでいます。筆者自身、2016年に長柄町に移住し、町のタウンアドバイザーを兼務しながらまちづくりに取り組んできました。また、2018年度には、健康まちづくりのためのオープンイノベーション事業である「産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)」に採択され、長柄町版CCRCがそのプロジェクトの一つに位置付けられたことで、より具体的な産官学連携の体制が整いました。これまで、「暮らしているだけで、健康になるまち」をテーマに、長柄町版CCRCの拠点となるリソルの森を中心として、人とのつながりを重視した健康寿命延伸プログラム(ウェルネスエイジクラブ)や、来訪者に健康なウォーカビリティの効果を知らせるウォーキングトラック(ウェルネストラック)、都市空間と異なる屋外空間を活用したオフグリッドキャビン(エコキャビン)などの研究開発・社会実装をおこなってきました。

COC+の一環として長柄町で毎年行っている地域実習

▲COC+の一環として長柄町で毎年行っている地域実習

健康や自然環境に関する情報を表示したウェルネストラックのサイン健康や自然環境に関する情報を表示したウェルネストラックのサイン

▲健康や自然環境に関する情報を表示したウェルネストラックのサイン​​

デザイン思考を用いたまちづくり

​デザイン思考(Design Thinking)とは、社会の複雑な問題に対処するために使われる問題解決法の一つです。アメリカのスタンフォード大学ハッソ・プラットナー・デザイン研究所で実践されている商品開発が有名ですが、近年では地域づくりやビジネスの現場でも用いられるようになりました。

デザイン思考には、観察(共感)、問題定義、アイデア創出、試作、テストという5つのフェーズがあります。その特徴は、人間中心の原則です。人々の行動やニーズを理解し、ユーザー視点に立った商品・サービスづくりを目指します。また、デザイン思考では、私たちが潜在的に持っているフィルターを排除し、創造的に物事を捉えることで、新たなアイデアを生み出します。

ここでは、筆者が長柄町版CCRCに関連し、デザイン思考を用いて実践したプロジェクトを3つ紹介します。

 

ウェルネストラック

2020年3月に完成した「ウェルネストラック」は、長柄町版CCRCの目指す「歩きたくなるまち」の実証研究として設置したウォーキングトラックです。リソルの森を利用するアクティブ・シニアとともにリソルの森の敷地内を周回するルートを選定し、10か所にサインを設置しました。

サインには、健康や自然環境に関する情報が表示されており、アプリと連動した情報の取捨選択によって、情報伝達をデザインし、利用する人たちの健康や自然環境に対する気付きを促す工夫をしています。具体的には、次のサインまでの距離(m)、歩数(歩)、時間(min)、勾配(%)、消費カロリー(Kcal)のほか、運動強度の指標としてメッツ(Mets: metabolic equivalents)、自然環境の指標として植生指数(NDVI: Normalized Difference Vegetation Index)を表示しています。高低差のあるルートは、トラックごとに傾斜や歩行面の状況が異なり、運動強度が異なります。また、自然環境の有無は、身体的活動の増加によるウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に良好な状態)に結びつくメカニズムが明らかになっています。これらを組み合わせることで、さまざまな運動強度による身体活動を、さまざまな自然との距離感で楽しめるトラックをデザインしました。

 

特産飲料「ながらとガラナ いろはにほへと」

町の知名度向上を目的に、町内企業と連携してつくられたのが「ながらとガラナ いろはにほへと」です。長柄町の知名度向上と、町内企業の連携を目的として開発されました。「ながらとガラナ」は、「ながら」を何回もくり返すと「ガラナ」と読めることから考え出されたネーミングで、一度聞いたら忘れられないインパクトがあります。また、長柄町版CCRCの目指す健康でアクティブな暮らしと、ガラナの持つ元気なイメージが合致すると考えました。

2020年1月、ジャパンフーズの工場で試作品6万本を製造しましたが、新型コロナウイルスの感染拡大により、PRイベントなどがすべて中止となりました。そこで、学生たちはオンラインでできる活動を考え、SNSなども駆使しながら、長柄町の住民や元住民の方々とともにプロモーションを展開しました。その結果、製品化に向けたフィードバックを全国から千件以上集め、学生たちの活動も多数のメディアで報道されました。「ながらとガラナ」は2021年7月から市販化されており、現在は町内の道の駅、直売所、ゴルフ場などのほか、JRの駅50店舗などでも販売され、町の知名度向上に貢献しています。さらに、「ながらとガラナ」のプロモーション活動を展開するなかで「長柄町を元気にする会」という住民によるまちおこし団体も生まれ、住民と学生による独自の取組も始まっています。

「ながらとガラナ」の特徴は、長柄町が販売者となっていることです。売上のうち、製造にかかった原価分を回収する仕組みをつくり、残りの利益は卸売を担当する長柄町観光協会が受け入れています。その結果、観光協会を通して町に利益が直接還元され、新たな特産品開発や観光振興のための環境整備に充てることが期待されます。

「ながらとガラナ いろはにほへと」

「ながらとガラナ いろはにほへと」

 

学生による即売会

▲2021年12月に東京駅KITTEで行われた学生による即売会

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自家発電キャビン「エコキャビン」

最後に紹介するのは、防災や地方創生を目的に開発を進めている、自家発電キャビン「エコキャビン」です。人口減少や防災への課題から、公共インフラそのものを移動させることを考え、自家発電型の小型のトレーラーハウスを研究開発しています。インフラが内蔵され、自由に移動できるとこから、町内を周回し、テレワークやコミュニティのための活動拠点として利用できます。また、災害時には最低限の電力を供給する拠点となります。

軽量で、発電でき、木造という特徴を持つエコキャビンは2022年3月に試作が完成予定です。実際に町内を走らせてさまざまな検証をおこない、将来的な他地域での運用や製品化を目指しています。長柄町版CCRCの実現に向けた安心・安全なまちづくりの一つのツールになれば、と考えています。

エコキャビンの完成予想図

▲エコキャビンの完成予想図

 

今後の展望

2021年10月に開講したオンライン授業では、千葉大学と岡山大学の学生たちが協働し、RESASを用いたデータ分析とデザイン思考を組み合わせて、長柄町の新たな活性化アイデア「寄り道したくなる町」を考えました。学生たちは国際的な地方創生コンペティションに応募し、地元企業へのインタビューなどを始めていて、実現に向けて取り組んでいます。そのほかにも、2021年度には、長柄町の子どもたちの健康やスポーツに対する理解の向上を目的として、千葉大学の学生と学生団体おりがみによる「ボッチャ教室」や、元プロアスリートの青山剛コーチによる「走るコツ」セミナーなどを開催しました。さらに、コロナ禍で海外留学研修がおこなえない中学生のために、韓国、台湾、インドネシア、ナイジェリアから来ている千葉大学の留学生による国際交流学習をおこないました。

このように、今後も、学生たちとともに新たな発想で長柄町の活性化に貢献し、研究・教育・社会貢献のさまざまな面から産官学連携を推進していきたいと考えています。また、その過程で生まれた学生と長柄町とのつながりが継続され、発展していくことを期待しています。

千葉大生によるボッチャ体験教室

▲千葉大生によるボッチャ体験教室

青山剛コーチによる「走るコツ」セミナー

▲青山剛コーチによる「走るコツ」セミナー

国際交流学習で発表する留学生

▲国際交流学習で発表する留学生