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熊本県球磨村/一勝地、地に足をつけ まず一勝を!~地名にこだわるむらおこし~

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年10月17日
エメラルドグリーン街道の写真

エメラルドグリーン街道


熊本県球磨村

2977号(2016年10月17日)  球磨村企画振興課 高沢 絵利奈


球磨村の概要

球磨村は、九州の熊本県南部、人吉盆地の西側に位置する山村で、人吉市、球磨郡山江村、葦北郡芦北町、水俣市、八代市坂本町、さらに鹿児島県伊佐市に接しています。東西13㎞、南北25㎞、総面積207.58㎢であり、そのうち約9割を山林が占めています。人口は3,925人、世帯数1,534戸(平成28年6月1日現在)で、40.1%を65歳以上の方が占めています。

年間平均気温は約15.0℃(気象庁ホームページより引用)、年間平均降水量は2,000㎜を超え、夏期と冬期の寒暖の差が大きく、やや大陸的変化のある気候となっています。村の主な産業は農業と林業です。

球磨村は昭和29年に、渡村、神瀬村、一勝地村の3村が合併して誕生し、平成26年には合併60周年を迎えました。また、平成25年10月には、日本で最も美しい村連合へ加盟しています。

村の中央を日本三大急流の一つ、「球磨川」が東西に流れており、川を挟んで南に国見山(969m)、北に白岩山(1,002m)をはじめとする標高700m級の山々がそびえ、これらの山岳を縫って無数の川が球磨川に注いでいます。この球磨川の水面は美しい花緑青に輝き、その色から並走する国道219号線には「エメラルドグリーン街道」の愛称がつけられています。また、球磨川沿いを国道と並行するように、SL人吉号で知られる肥薩線が走っています。

「SL人吉」の写真

2009年から復活した「SL人吉」

村域の大部分が山林であることから、農地もほとんどが山間部にあります。そのため、先人は知恵を絞って美しい棚田を築きあげてきました。日本の棚田百選に選定された棚田は熊本県内に11ありますが、そのうち「鬼ノ口棚田」と「松谷棚田」の2つが球磨村にあります。

「松谷棚田」の写真

日本の棚田百選の1つ「松谷棚田」

“急流と鍾乳洞の里”くまむらの観光素材

球磨村の観光といえば、九州最大級のスケールを誇る大鍾乳洞・球泉洞や、日本三大急流の球磨川を下る九州で唯一のラフティングが有名です。

村の南側には石灰岩地帯が広がっており、観光鍾乳洞として有名な「球泉洞(きゅうせんどう)」の他にも、大小さまざまな鍾乳洞が見られます。例えば、間口45m、高さ17m、奥行70mで日本最大といわれる洞口を持つ国名勝神瀬の石灰洞窟(平成27年指定)や、球磨川に注ぐ権現の滝が美しい大瀬鍾乳洞などがあり、球磨川の大瀬地区付近ではサンゴ礁の化石も見ることができます。

特に「球泉洞」は昭和48年に発見された延長4.8㎞の九州最大級の鍾乳洞で、3億年程前に海底にあった石灰岩層が、地殻変動により隆起し、地下水に浸食されてできたと考えられています。洞内は年間を通して気温16℃程に保たれ、夏の行楽シーズンには涼を求める観光客が多く訪れます。

「球泉洞」の大石柱の写真

九州最大級の鍾乳洞「球泉洞」の大石柱

また、暑い夏には、球磨川を満喫するため、多くのラフティング客が球磨村を訪れます。さらに、尺鮎(30㎝クラスの巨大鮎)が育つことでも知られる球磨川では、毎年8月の最終土曜日に日本一の大鮎釣り選手権大会も開催されています。夏休みは年間で最も観光客が多いシーズンです。

このように、球磨村は川や石灰岩地帯の地形を生かしたいわゆるハード的なものが有名です。一方で、レジャー客の少ない冬の時季に、多くの人が訪れるようになった場所があります。それが今回ご紹介する、縁起の良い地名として受験生に人気の場所「一勝地」です。

「球磨川」のラフティングの様子の写真

日本三大急流「球磨川」のラフティング

肥薩線 一勝地駅

一勝地の地名について、はっきりとした由来はわかりませんが、古くから「いっしょうち」と呼ばれていました。書き方は、地区に残る観音堂の鰐口(天文6年・1537年)の銘に「一升打庚申衆」とあり、「一升打」と書かれていたことがあるのは確実なようです。他にも、「一升内」「一升地」「一升打裏」「一所内」「一舛地」などが古文書等で確認できますが、明治維新後の市町村名見直しの際に、「一勝地」に統一されました。このとき、一升内よりも縁起が良いということで、現在の表記になったとも言われています。

明治41年、熊本県八代市から鹿児島県を結ぶため、鉄道が敷設されました。日露戦争の当時、ロシアからの艦砲射撃を避けるため、敷設が容易な海沿いではなくあえて、難しい山の中を通るルートが選ばれました。鉄道が敷設されたことで、この地にも「一勝地駅」が作られました。開通当時は鹿児島本線として重要な路線でしたが、九州西海岸を通るルート(現在の肥薩おれんじ鉄道の路線)が鹿児島本線として開通すると、昭和2年には肥薩線の所属となりました。昭和61年には、電子閉塞装置の導入、翌62年には国鉄が民営化され、8年ほど無人駅となった時期もありました。その後、地元の農業協同組合JAくまへの委託を経て、平成17年から現在の村委託駅となり切符を販売しています。大正3年に作られた木造駅舎も、現役で使われています。

受験生が訪れる聖地として知名度を上げてきた一勝地ですが、そもそもの始まりは、昭和58年に、同駅の助役であった上村敏昭氏が、マイカーの普及等で列車の乗客や荷物の取り扱いが減少していくなか、なんとか利用率を上げようと考え縁起の良い「一勝地」の駅名に着目したことでした。そして甲子園出場を決めた熊本工業高校野球部に入場券を送り、それが話題となったのです。さらに上村氏は、「必勝合格」を図案化したスタンプや、受験合格の象徴「桜の花」をあしらった入場券入れも制作。「地に足をつけ まず一勝を」という名言も上村氏が発案されたそうです。

担当者が登場する必勝!合格祈願ノ旅PR写真

担当者が登場する必勝!合格祈願ノ旅PR写真

時を経て、入場券もリニューアルし、勝負事に縁起が良いお守り型になりました。ちなみに、この入場券には日付が入るのですが、購入日以外に、好きな日付も入れられます。受験や試合の日付など、 特に必勝を祈願したい日付を入れる方が多くいらっしゃいます。

一勝地駅入場券の画像

平成26年にリニューアルした一勝地駅入場券

必勝!合格祈願ノ旅

ところで、受験生とその家族が入場券を買い求めに一勝地駅を訪れるまでは順調でしたが、一つの問題が・・・。入場券は、JRの収入にはなりますが、それだけで帰ってしまっては地域の収入にはなりません。一勝地駅を訪れた方が、もっと周辺を巡り、地域の経済が循環するような仕組みづくりが必要です。

そこで、平成17年から村と観光協会は協議の末、必勝!合格祈願の旅キャンペーンを始めました。キャンペーン期間は受験が本格化し、なおかつ鍾乳洞やラフティングに訪れるレジャー客が減少する冬に設定しました。「必勝!合格祈願ノ旅」は一勝地界隈の名所をめぐる散策コースの企画です。

コースには、一勝地にある小さな史跡や地元の神社など、すでにある資源の中から「一勝地」とつく縁起物や、受験にうれしい健康祈願ポイントを入れ込みました。予算をかけず、すでにあるものを掘り起こすという手法は、予算をかけて資源を作り上げるハード的な手法とは対照的な、ソフト的手法といえるでしょう。

実際にできたコースをご紹介しますのでイメージしてみて下さい。まずは前述した一勝地駅をスタート地点として記念入場券を購入します。ぜひ、大正3年に建てられた木造駅舎もじっくり見ていただきたいところです。一勝地駅を出て県道15号線を球磨川の下流方面へ向かうと、赤い色の鉄橋が見えてきます。この鉄橋の下に、セキソの地蔵があります。このセキソの地蔵は子供の熱病や耳の病気に霊験があるといわれ、受験前の健康祈願のポイントです。鉄橋の下からS字カーブのところにあるのが渕田酒造本店です。ここは村で唯一の焼酎蔵で、「一勝地」の名を冠した焼酎を醸造しています。その先には、「勝つ弁」を販売するさつき食堂と、その道の向かいに一勝地阿蘇神社があります。一勝地阿蘇神社では絵馬やお守りが販売され、受験シーズンには合格を祈願した受験生の絵馬がどんどん掛けられていきます。さらに、球磨川の支流・芋川を上流へ進み、ふれあい球里橋を渡ると、一勝茶屋があります。一勝茶屋では珍しい夏豆餡を詰めて勝の焼印を押した「勝万十」を食べることができます。そして、最後に一勝地温泉かわせみで温泉に入ってゴールです。

ゴールには物産館もあり、地元生産者による新鮮な野菜や手作りの加工品などが販売されています。コースの全長は1.5㎞程。徒歩でものんびり歩いて周れる距離です。

さらに、平成20年にはこの取り組みの協力者である人吉駅長杉田憲氏のアイデアによって、JR肥薩線で使われる列車のすべり防止砂の活用を始めました。これが、現在も一勝地駅でプレゼントされている「砂ita」です。すべり防止砂で試験に滑らない、砂ita(咲いた)はサクラサクの掛け言葉になっています。

これらの取り組みの成果により、一勝地駅入場券の売り上げは、取り組み以前の4600枚程から5年で2万枚まで伸び、以降は年間約2万枚で推移しています。

平成26年度の月別観光入込客数と一勝地駅入場券売上枚数のグラフ画像

工夫を凝らして10年目

開始から10年以上経ち、すっかり球磨村の冬の風物詩となった「必勝!合格祈願ノ旅」ですが、予算をかけずに事業を継続していくには、やはりアイデアが重要です。

必勝!合格祈願ノ旅ツアーの様子の写真

必勝!合格祈願ノ旅ツアー

まず、開始当初の話ですが、実際に入場券を購入しに一勝地駅を訪れたのは保護者や先生のような大人の方が大半でした。せっかく球磨村に来ていただいたので、受験シーズンの雰囲気を味わってもらうにはどうしたらよいか?そこで担当者が考えたのが、一勝地駅での学生服の無料貸し出し。村の広報紙を利用して学生服の寄付を募ると、6着が集まり、さらにお隣人吉市の学生服販売店から11着の寄贈がありました。この学生服は今でも貸し出しやPRのアイテムとして大切に受け継がれています。

次に、10年間同じことをしていては飽きられてしまいますので、少しずつ内容の見直しも行っています。例えば、従来は12月が旅のスタートでしたが、平成26年には11月1日(いいひ)から3月5日(みなごうかく)にゴロを意識して期間を変更しました。それから、これまでは関係者だけで執り行っていた、入場券や学生服などの縁起物のお祓いをオープニングイベントに位置付け、一般の方でも参加できるようにしました。

さらに、新たな取り組みとして、村の体験宿泊施設「田舎の体験交流館さんがうら」のスタッフが発案した、絵馬を自分たちで手作りして一勝地阿蘇神社へ奉納するイベントも行いました。

また、昨年開催した中学生向けのツアーでは一勝寺での座禅体験を盛り込むなど、新たなアイデアも加え磨き上げながらさらなる旅の充実を模索中です。

住官民、それぞれの合格祈願

しかし、行政や観光協会の取り組みだけではここまでの結果はなかったでしょう。受け入れ先である地域と協力して作り上げてきたからこその結果です。

この事業を始めたころ、担当者は沿線のポイントを一つずつ何か合格祈願ならではのものができないか探して回りました。そうして生まれたのが、一勝地温泉かわせみの必勝御膳や、地元の加工グループあじさいの勝万十でした。

そして、この必勝!合格祈願ノ旅で重要な役割を果たしてきたのが、一勝地阿蘇神社の宮司・尾方嘉春さんです。尾方さんは、高校の教師をされていた経験もあり、受験生の祈願には一層力が入るとのこと。祈願の際に受験生へ贈る言葉も、特に力がこもります。

春の季節になると美しいチューリップが駅前を彩ります。これは、地区の住民が自主的に手を挙げ、植栽したものです。観光案内所の職員ではなく、地域住民が管理も行っており、訪れる人を喜ばせています。

さらに、これらの取り組みもあって、JRからも受験シーズンは積極的に一勝地に声をかけてもらえるように。最近ではJRが企画した、人吉球磨地域の合格祈願3社参りに一勝地阿蘇神社も一役買っています。ちなみに、あと2か所は国宝青井阿蘇神社と、受験の神様菅原道真を祀った十島菅原神社です。この3社参りで必勝・合格は間違いなしです。

飛躍をめざして

今後の課題も多くあります。入場券の売り上げは年間2万枚程であることは前述のとおりですが、ここ5年ほどは頭打ちの感があるのも事実です。今後、さらに一勝地を中心に球磨村を盛り上げていくためには、新たな仕掛けが必要と考えています。

また、今年の4月に熊本を襲った大地震。球磨村は幸いなことに大きな被害はありませんでした。しかし、観光産業は大打撃を受けています。毎年ゴールデンウィークには球磨川から聞こえるラフティングの歓声も、今年は全く聞こえませんでした。

だからこそ、今年は特に頑張り時です。もっと村をよくするために、地域住民と協力してアイデアを出し合い、今年の「必勝!合格祈願ノ旅」も注目されるような取り組みにしていきますので、是非とも日本で最も美しい村「球磨村」にご期待ください!