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和歌山県白浜町/災害に強い「観光のまち」を目指して~観光客の生命を守るために~

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年8月10日
円月島に沈む夕日の写真

白浜町のシンボル・円月島に沈む夕日


和歌山県白浜町

2929号(2015年8月10日)  白浜町 総務課


はじめに

白浜町は、和歌山県の南部に位置する人口約2万2千人の町です。年間平均気温は16.6度、年間降水量は2,197㎜となっており、年間を通じて温暖で明るく、過ごしやすい気候となっています。

町域の約半分は紀伊水道に面しており、町の主要な産業である観光業も、主に沿岸部を中心に発展してきました。

日本三古湯のひとつ「白浜温泉」として関西では屈指の人気観光地となっているほか、白浜町の名前の由来にもなっている白砂の海岸「白良浜(しららはま)」や、 パンダの飼育頭数が日本一のテーマパーク「アドベンチャーワールド」、『幻の魚』と呼ばれる高級魚・クエが養殖によりほぼ1年中楽しむことができるなど、 多くの観光スポットやホテル・旅館・各種レジャー施設が集積しており、国内外・四季を問わず、年間300万人以上の観光客が訪れています。  

また、近年の大きな特徴として、外国人観光客(インバウンド)の増加が挙げられます。和歌山県発表の県内外国人宿泊者数に関するデータを見ると、 特に香港・台湾・中国からの観光客が増加していますが、これら周辺国の所得水準の向上や、関西国際空港からのアクセスの良さなどが要因として考えられます。 

平成26年和歌山県内外国人宿泊者国別割合の画像

平成26年和歌山県内外国人宿泊者国別割合

和歌山県内外国人宿泊者数の推移の画像

和歌山県内外国人宿泊者数の推移(単位:千人)

観光地特有の課題

このように、紀伊半島南部の豊かな自然を活かし、空港・高速道路などの交通インフラの整備を背景に観光の町として発展してきた白浜町ですが、 その一方で観光地特有の行政課題も多く抱えてきました。 

多くの場合問題となるのが、町の人口を大きく上回る観光客の存在です。一例としては、消防部門での救急出動件数が、人口規模が同程度の自治体と比べて多いことであったり、 旅館・ホテル等の事業所系のごみの多さから、同規模の自治体よりも処理能力の高い焼却炉が必要であったり…といったことが挙げられます。 

つまり、白浜町の行政課題の多くに共通する点は、「人口が同規模の自治体と比較しても、それ以上の対応力が必要とされる」ということだと言えます。 このことを踏まえた上で喫緊の課題とされているのが、「災害時において、住民だけでなく、観光客の安全・安心をどう守るのか」ということです。  

近い将来に発生が予想される南海トラフを震源とする地震では、和歌山県全域が地震及びそれに伴う津波の脅威にさらされることとなります。 地震調査委員会(地震調査研究推進本部内)の2013年1月現在の評価によれば、マグニチュード8~9クラスの地震が30年以内に発生する確率は60~70%であると言われており、また、 平成18年3月の「和歌山県地震被害想定調査報告書」によれば、夏のハイシーズンに発生した場合、白浜町の帰宅困難者のうち、大多数を海水浴客が占めるとの結果が発表されました。

観光客を対象とした避難訓練

東日本大震災以降、全国の多くの自治体で地域住民が速やかに避難できるよう、地域住民による防災体制や避難路の整備、防災施設の建設、 学術機関等による調査・研究などが進められていることと思います。ですが、観光地は地域外から多くの人びとが集まることにその特徴があり、 土地勘のない観光客が被災者の多数を占めるような状況が発生した場合、どのような課題や対策が求められるかについては、専門的な研究や対応の検討などは乏しい状況にありました。 

これらの課題を検証するため、白浜町では平成24年7月17日、和歌山大学の照本清峰特任准教授(当時)の協力の下、白良浜海水浴場で観光客を対象にした津波避難訓練を実施しました。 

白良浜海水浴場には、平成24年7~8月期で、1日当たり平均1万人、最大で2万5千人の海水浴客が訪れています。 また、平成24年度に中央防災会議(内閣府)から公表された南海トラフ巨大地震の被害想定では、白浜町における最大津波高は16m、10mの津波が到達するまでの予測時間は約15分とされています。  

これらを踏まえ、避難訓練では最大2~3万人の人びとが、約10分程度で白良浜から高台への避難を完了するための課題を検討するものとして行われました。

夏の白良浜海水浴場の写真

夏の白良浜海水浴場

訓練の模様とその結果

当日は3連休明けの平日で、天候は晴れ、訓練開始時点の午後2時では、約2千人の海水浴客が白良浜にいる状況でした。 

混乱を避けるため避難訓練の実施については事前に広報しましたが、訓練の性質上、正確な開始時刻は伏せていました。午後2時に海水浴場に設置された放送設備から、 サイレン音とともに「強い地震が発生したこと」「大津波警報が発表されたこと」「白浜町に津波の危険があること」「避難の呼びかけ」を、訓練である旨と併せて放送すると、 全体の約10%に当たる118人が、案内板などを頼りに事前に設定した3カ所の避難場所へ避難を開始しました。 

その他の多くの観光客はサイレンに反応して立ち上がったものの、周囲の様子と互いの対応を1~2分間程度伺い、多くの人が動いていないとわかると、 その場に居続けるような雰囲気になってしまっていました。このことは、不特定多数の観光客を対象に訓練を行うことの難しさを、端的に表しているように思います。  

白良浜津波避難訓練の様子の写真

白良浜津波避難訓練の様子

調査結果から見る課題

訓練の結果、3カ所設定した避難場所への平均到達時間は約14分で、避難に要した時間の場所ごとの差は殆どありませんでしたが、約10分という避難時間の達成には至りませんでした。 

それ以外にも訓練の結果を分析するため、訓練終了後に調査票を参加者に配布し、その場で記入してもらいました。そこで得られた内容を分析した結果の中から、主なものを紹介したいと思います。 

まず、参加者の居住地に関しては、県外からの来訪者が約8割を占める結果となりました。  

また、訓練開始時にいた場所によって、放送の聞き取りやすさに差があることや、避難者の半数が「避難看板などから避難場所へのルートがすぐに分からなかった」と回答しています。 

その他にも、県外居住者にとっては、今なお津波の危険性に関する認識が低いと読み取れる結果や、和歌山県に地震による津波来襲の危険があることを知らなかったと答えた割合も多く、 地域外の来訪者が、地震による津波の危険性を正しく把握できるよう、説明内容及び複数の伝達手段を準備しておくことが必要であると分かりました。特に、近年では外国人観光客が増加していることから、 外国人にも即座に理解できるような伝達手段の整備が重要であると言えます。 

これらの分析結果に共通するのは「情報伝達」、つまり、居住地や母語や身体条件(聴覚障害など)の異なる不特定多数の人びとに情報を伝達するために、 複数のチャンネル(媒体)を持つことの重要性が浮き彫りになったと言えます。特に、実際の災害時には避難路周辺の道路や建物も被害を受けていることが予想され、 被災者が殺到することで避難には訓練時以上の時間を要することが考えられます。災害時に避難場所や被害予想等を正確に伝達する手段や、地域住民による地域外の避難者の誘導、 被災者が災害時でも必要な情報を入手できる環境整備が、観光客や住民の命を守る重要な要素であることが、この訓練から分かりました。 

耐災害ネットワーク通信装置の写真専用アプリ画面の画像

耐災害ネットワーク通信装置(左)専用アプリ画面(右)

耐災害ネットワークの構築

こうした課題を解決するための方策のひとつとして、白浜町では現在、国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)による世界初の耐災害ネットワーク実証実験を開始しています。 これは、白良浜やその周辺に点在する観光スポットと白浜町役場など9カ所に専用の無線装置を設置し、一般向けのWi-Fi(無線によるネットワーク接続方式のひとつ)によるインターネット接続を提供するものです。 これら専用の装置はメッシュ(網の目)状に相互接続されており、災害時にインターネットとの接続が途絶えても、装置間で独自のネットワークを構築し、 被害を受けていない機器間で通信をなるべく維持するよう働きます。 

これにより、災害時であっても、メッシュネットワークにアクセスするスマートフォンなどの機器同士で、特定のアプリをインストールすることで通話やメッセージ交換が可能となるほか、 避難所情報など行政からの防災情報の提供も可能とする仕組みとなっています。 

実は以前から、訪日外国人の間では、日本で利用できる無料のWi-Fiスポットが少ないことが日本観光の不満の一つとして挙げられていました。 今回の耐災害ネットワークの実証実験によりWi-Fiスポットが整備されたことから、こうしたニーズにも応える形となっています。また、インターネット接続だけでなく、 行政側からの情報発信(プッシュ通知)も可能なことから、平時には観光情報の提供を、災害時には防災情報を通知するなど、幅広い運用が可能であると考えています。このように、 防災と観光の両面で有効なネットワークとなっており、白浜町での実証実験を通じて全国へ普及することが期待されています。  

耐災害メッシュネットワーク位置図の画像

耐災害メッシュネットワーク位置図

終わりに

白浜町のような観光地での津波被害の例として、平成16年のスマトラ島沖地震によるタイ・プーケットでの被害が挙げられます。タイでの死者・行方不明者合わせて約8千人のうち、 4割に当たる約3千人が外国人の被害者でした。同様に考えれば、白浜町のような多くの人が集まる観光地で災害が発生した時、被害者の約半数が住民以外の方であるという状況も想定されます。 

観光地とは、訪れる皆さんにひとときの安らぎや、日常では味わえない感動を提供する安全・安心な場所でなければなりません。そのような場所を悲劇の舞台としないよう、 耐災害ネットワークの構築やわかりやすい避難誘導看板の設置など、少しずつではありますが、取組みを進めています。しかし、それでもまだ十分であるとは考えていません。今回の寄稿が、 同じような課題を持つ自治体同士での事例の交換や、相互に連携した取組みなどに発展していけば、と願ってやみません。ぜひ、様々な事例や取組みをお知らせください。連絡をお待ちしています。 

(今回の原稿執筆に当たり、白良浜津波避難訓練に関する部分については、 照本清峰特任准教授(当時)の論文「観光地における津波避難体制の課題とあり方に関する一考察」を参考とさせていただきました。この場を借りてお礼申し上げます。)