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栃木県益子町/「土祭」から始めるプロモーション~風土と工芸、人と暮らしの魅力を形に~

印刷用ページを表示する 掲載日:2013年7月15日
益子町のアートイベントの祭「土祭/ひじさい」の写真

益子町のアートイベントの祭「土祭/ひじさい」は、第1回が2009年9月19日(新月)-10月4日(満月)に、前・土祭が2011年9月11日(畿望)に、 第2回が2012年9月16日(新月)-30日(満月)に開催され、第3回を2015年に予定している。写真は、特設の舞台で行われた芸能の様子。


栃木県益子町

2847号(2013年7月15日)  観光商工課タウンプロモーション係


農業と窯業・土の里、益子

広大な関東平野の中心・東京から北東へ車を走らせ2時間を過ぎる頃から、視界に広がる空の裾になだらかな山の連なりが見え始めます。栃木県益子町は、関東平野の北の端に位置し、 同時に、八溝山系を中心に東北へと連なる山々の南の端でもあります。人の暮らしのすぐ隣にありながら豊かな自然を残す里山、はっきりとした四季。その風土の中で、 古くから農業と江戸時代末期に始まった窯業という、「土」に依り暮らしに密着した産業が、人の手によって丁寧に営まれてきました。 

窯業においては、今では窯を持つ陶芸家は400人を超え、年に2回開催される陶器市は、春秋合わせて毎回60万人を超える集客があります。また、欧米を中心とした工芸界においては、 陶芸家で人間国宝となり、民藝運動の旗手でもあった濱田庄司の名とともにMASHIKOの地名は広く知られるところとなっています。

陶芸の町の、その先へ。

「益子町は、核となる観光の目玉があるからいいですね」とよく言われることですが、時として、それはマイナスの要素になる可能性も持っています。 多くの観光客を集める陶器市にしても「年々、来場者の財布の紐は固くなる一方で」と嘆く声があり、益子駅から陶器店が並ぶ通りまでの間にある、 かつてはさまざまな小売店が軒を並べていた旧市街地区は、シャッターを下ろす店が増え、活気をなくした状況にあることは否めません。そのような状況において 「現状を変えていかなければ!」という思いで策定したのが、2005年の「益子再生計画」です。「10年先、20年先を見据えて、益子にもう一度、元気と活力を取り戻したい」という願いで、 「環境」「健康」「文化」の3本柱を立て実行項目を策定しました。「文化」分野で「世界に誇れる文化都市、益子」を具体化していくための1つのイベントとして計画されたのが、2009年に第1回、 2012年に第2回目を行った「アース・アート・フェスタ 土祭」です。 

土の祭と書いて、「ひじさい」と呼びます。あえて、土の古来の呼び名「ひじ」を用いたことにも象徴されるように、今までにない視点から私たちの町をとらえ直し、 外に向けて発信していこう、という試みです。アートによる地域起こしとしては、規模の大小やコンセプトなどの面でも実にさまざまなアートイベントが全国各地で展開されていますが、 益子町が目指したものは、小さいながらも益子ならではの個性が光る祭です。中央からアーティストを招聘して街中に作品を配置して終わり、というものではなく、この土地の風土から、 この土地にゆかりの作家たちによって立ち上がる表現です。作り上げていく過程も、イベント会社など外部の力に頼るのではなく、役場職員と住民の官民協働で、 この土地の人々が心を入れて作り上げていく「祭」としてのイベントでした。

第1回は、「あらゆる生命の源である土」「民藝以前の益子」をテーマとし、旧市街地のシャッター通りを会場にしました。そして第2回は、「土」から一歩進み深めて、 「風土、歴史、自然環境」をテーマとし、エリアについては、陶器店が並ぶ通りや、1194年建立と言われる神社が佇む益子の懐深く入り込んだ地域にも会場を広げました。歴史ある神聖な場所とはいえ、 ふだんはあまり訪れる人もいない所に、人の手を入れて息を吹き返させ、地元の人もスタッフも来場者も、そこから生まれる表現を分かち合い、先人の遺産を未来に繋げていこうという願いがありました。

地球の上の小さな共同体として

東日本大震災では、益子も多くの被害を受け、あらためて「幸せな暮らしとは?」「今日の延長上にある未来とは?」について考えることが多い日々が続きました。 官民あげて復興への道を歩み、2回目の土祭への準備を進める過程で、「これからの暮らし方について考える手がかりを創出していこう」と、「マシコ・アース・ヴィレッジ」 という新しいコンセプトを加えました。

先人たちの知恵、技術の背景にある思想などを学び直し、「益子から提案できる、暮らし方」を表現しようという試みです。間伐の竹で作ったテント、 飲食ブースで使用した非電化冷蔵庫、夕方からの演奏会を行う広場に灯した和紙と竹の提灯などは、地元住民や近隣の高等学校の生徒さんたちとワークショップで制作しました。 

2012土祭

準備と会期中の様子。公式ウェブサイト

のぼりの写真

百本以上設置した「のぼり」も、間伐した竹や布を使って手作りで。

「音」の展示の写真

1194建立の神社では、境内とその周辺の森を散策しながら楽しめる「音」の展示を行いました。

自然と命をテーマにした立体作品の写真

歴史ある酒屋さんの奥座敷では、自然と命をテーマにした立体作品を展示。

都市生活者の共感を呼んだ土祭

土祭は、明日の町づくりのための実践とチャレンジの場であり、また、これからのプロモーションを考えるためのマーケティングの場でもありました。 特に第2回目の土祭で集計した来場者アンケートの結果は貴重なデータとなりました。 

4段階の選択肢で問いかけた満足度調査では、「とても満足52.4%」「まあまあ満足40.5%」との数値で93%の方に概ね満足の評価をいただきました。居住地の内訳で見ると、 近隣では宇都宮市やつくば市など、また東京都内の数値が高く、大都市の方ほど土祭の世界観に共感し満足いただいている様子が、フリーアンサーの記述からもうかがえました。 

「とても楽しめました。土地と作品の良さをどちらも活かせた展示だと思います。よりその世界に入り込むことができました。また訪れたいです。(東京20女)」 「新旧がまじりあっていて、別世界を感じられて美しかった。迷っていると皆さんが親切に声をかけてくださり、地元の人の祭を盛り立てようとする気持ちが伝わりました。(東京60女)」  

アンケート以外にも、ネット上で個人ブログやTwitter、FaceBook上にあげられた情報もできるだけ拾い、感想を収集しました。それらをもとに、 益子町PRのメインターゲットとしたい属性モデルを「首都圏で働き、工芸やデザインに感度が高い30代の女性」と考え、次年度からのプロモーション事業の参考としました。

益子に関心を寄せてくださる人達が求めているものと、益子が持つ「資源」が、土祭をきっかけに、とてもいい感じで重なり合ってきている。 そこに小さいながらも確かな手ごたえを感じました。それらをどう整理して、町の訴求として伝えていくか。益子町のブランディングを再構築することを課題として、2013年4月、 観光商工課内の土祭事務局は新設されたタウンプロモーション係へとバトンタッチ。次に、益子町プロモーション事業、初年度の取り組みについてお伝えしたいと思います。

故郷の次に大切な町へ

都内から車や電車で2時間ほどの場所。リフレッシュできる自然環境に恵まれ、体に優しい食事ができる気の利いたカフェがあり、大量生産品ではなく、 人の手のぬくもりがある手仕事の品が買えるような場所。メディアが喜びそうな、そんな田舎町は、益子以外にも、いくらでもあります。

町のPRを行っていくにあたっての1つのゴールイメージは、「首都圏で暮らす人にとって、自分の故郷に次いで、何度でも訪れたい大切な町として位置づけられること」です。

「大切な町」になるためには、消費行動から一歩踏み込んだところで、心のつながりを築くことが必要だと考えます。例えば、そこに暮らす魅力的な人と出会い繋がれる町、 訪れるたびに知るたびに、これからの自分の生き方や暮らし方の手がかりが得られる町、自然や古い建物などの環境に都会暮らしで忘れかけていたような原風景を見出せる町、 短時間でも地に足がついた体験ができる町・・・。まだまだ漠然としていますが、今後、さまざまな事業を通して深めていきたい課題です。

観光客の方々をガイドしている写真

地元高校生と観光ボランティア団体が一緒に事前研修をして、観光客の方々をガイドしました。

伝統芸能や演奏会の舞台や屋台を設けた広場の写真

伝統芸能や演奏会の舞台や屋台を設けた広場では、観光客や町民が一緒になって夕暮れ時の時間を楽しみました。

ふたつのチャレンジ

「何度でも訪れたい大切な町」を目指して、初年度は都内での益子町PRの展示イベントを行い、益子発信の雑誌の創刊準備を進めています。

「渋谷に土を。益子の森を。」をキャッチコピーとして、5月29日から6月10日までの13日間、渋谷の駅ビルに隣接した新しい商業施設「ヒカリエ」の8/CUBE1,2,3というギャラリーで、 益子のプロモーション展示を行いました。「土」「森」「人と祭」をテーマにしたインスタレーションです。使用したギャラリーは、毎年11月に公募を行っており、 土祭を通して益子町がメインターゲットと考えている層にPRできる場所でもあり、感度が高く周囲への影響力も高く、有効な口コミを創出してくださる層が集まるフロアでもあります。 観光商工課土祭事務局(当時)で企画書を提出プレゼン。自治体のPRとしては前例がないとのことでしたが、12月に審査をクリアし、年明けから企画制作チームを組織して、 打ち合わせを重ねながら準備を進めてきました。企画制作については土祭と同じく、外部のディレクターや展示のプロ集団に外注するのではなく、役場職員と益子在住の作り手たち、 益子や土祭ゆかりの都内在住の写真家などの協働プロジェクトで行いました。展示が始まってからは、ご来場いただいたアート関係者の方などから、クォリティが高いとお褒めの言葉を頂きました。

会期中は、タウンプロモーション係の職員がシフトを組んで連日在廊し、来場者の方に対しての案内は、掲示するキャプションやサインボードに任せることなく、作品はもちろん、 益子町や土祭についても、できるかぎり話しかけ、直接お伝えするようにしていました。その会話や、会場に置いた感想ノートなどから来場者の声を紹介します。 「益子町は陶芸だけの町ではないんですね」「益子は心の処方箋」「行ってみたくなりました!」など、嬉しい言葉が並びました。 

会期中2回目の日曜には、隣接するイベントコートで「益子の食卓市」も開催しました。 「暮らしのまんなかにある食卓まわりのさまざまなものが益子では丁寧に作られている」ことをアピールする市で、陶器だけでなく、木工品、染織、野菜、果物、加工品、天然酵母のパンなどが並び、 終了時刻までにぎわいを見せていました。 

同じフロアのD&DEPARTMENTが運営するd47食堂では、タイアップ企画として、益子の野菜を用いて益子焼の器で提供する「益子定食」をメニューに加えていただきました。好評につき、 会期終了後も8月1日までに延びました。

益子発、人と暮らしを伝える雑誌の創刊

2つ目の事業として、9月に益子町発信の本(年2回発行の雑誌スタイル)を創刊します。土祭と同じように、外注丸投げはしないで、 官民協働の編集チームで企画から編集・制作までを行い、土祭データから想定したメインターゲットの方たちが集まる首都圏の店舗や施設、書店などで頒布していただく予定です。 

目的は、先に述べた「故郷に次いで大切な町」として益子町を好きになっていただくため。この一言に尽きます。では、何を伝えるか?「益子の人と暮らし」を伝えます。 どんな風に伝えるか?「情報ではなく情景」として伝えます。情景。これは、民間の事業との差別化としてのキーワードです。 

益子町は、自主的にイベントなどを行う企画力と情報発信力がある陶芸家の団体がいくつかあり、また、 生産者や作り手が中心となって行われる「市」も盛んで独自の情報発信を行っています。観光協会だけでなく、地域コミュニティや民間の任意団体も益子のさまざまな情報を独自のスタイルで発信しています。  

イベントや店舗、商品などの「情報」を発信していくのが民間メディアとするならば、町の役割は、益子町の本質的な魅力をしっかりと伝え発信していくことだと考えます。 この土地の風土と、そこに暮らす人、人の暮らし。その様子を丁寧に細やかに拾い、描き伝えていくことを「情景」という言葉で表現しています。 

テレビでもネットでも紙媒体でも、次々に新しいモノゴトが伝えられる情報過多の時代です。まず、情景(=本質的な魅力)を伝えることで共感をもって受け入れられ、 基本的な信頼関係が築けたら、その相手から発信される観光情報も、受け流すことなく、キャッチしていただけると思います。 

これからさらに多くの方々と出会い、大切な場所として心に留めていただけるようなPR活動を展開していきたいと考えています。

2013都内でのPR

渋谷ヒカリエ8/CUBE1.2.3 での展示とイベントの様子

渋谷ヒカリエ8/CUBE1.2.3 での展示とイベントの様子の写真

ギャラリー入口の左右ウィンドウには、益子の原風景ともいえる大正.昭和初期の写真パネルと昔の窯道具などを展示した。中央に見えるのは、CUBE2に、 人と祭の写真とともに設置した土舞台。供物台には益子で採れた麦や野菜を。

「森」の部屋の写真

「森」の部屋。暗くした空間に益子の森の写真を大きく展示し、栃木の山中で命を落とした鹿の骨や角から彫られた彫刻作品を展示。益子の森で採取した鳥や虫の声、 沢の音などで制作した音も流した。

「土」の部屋の写真

「土」の部屋。多彩な色と表情を持つ益子の土で作った急須と光る泥団子。什器も益子の土を用い左官仕事で制作。登り窯の窯出しの時に聞こえる「貫入の音」を採取・ 編集した音を流した。

連携イベント、「益子の食卓市」の写真

連携イベント、「益子の食卓市」。30人あまりの出店者が来場者との会話を楽しみながら益子町と益子で作られる農産物や加工品、陶磁器、工芸品をアピール。