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岩手県西和賀町/いのちを語り継ぐまちづくり~すこやかに生まれ、すこやかに育ち、すこやかに老いる、が実感できる町~

印刷用ページを表示する 掲載日:2010年11月8日
岩手県西和賀町の写真

岩手県西和賀町

2739号(2010年11月8日)
全国町村会広報部 横山 泉


西和賀町は、岩手県北上市と秋田県横手市を結ぶJR北上線のほぼ中間に位置する、総面積の約9割が山林という細長い地形で、平成17年11月に旧湯田町と旧沢内村の合併によって誕生した町である。南部に位置する旧湯田町は、かつて鉱山と観光で栄えた町であり、北部の旧沢内村は、農林業を生業とした、豪雪、貧困、多病、多死という三悪に住民と共に立ち向かい、老人医療無料化、乳幼児死亡率ゼロを成し遂げたことで知られている。西和賀町を舞台にした平成20年の「いのちの作法」に続き、平成21年には、「いのちの山河」という2本の映画が公開され、今なお、自主上映という形で、全国に広がっている。これら映画の公開により、町内の若者が、自分の住む地域に目を向けるきっかけを生み、旧地域間の絆づくりとなっているという。合併してもなお7千人に届かない人口と高齢化率40%を超える状況の中でも、西和賀町には、元気があふれている。
今年は、老人医療費無料化からちょうど50年。今回は、この50周年を記念して開催された「いのちの学習塾」への参加を通して、2つの地域の融合によって生まれた西和賀町の地域力についてレポートする。

灯命じぞうの写真
沢内病院の横にある記念碑「いのちの灯」の中のある丸い珠をイメージした「灯命じぞう」西和賀スペシャル

まずは「ほっとゆだ駅」から

西和賀町を訪れるなら、やはり鉄道がオススメである。JR北上駅から約45分、全国でも珍しい温泉付き駅舎(表紙)、ほっとゆだ駅が迎えてくれるからだ。ここは町民の語り場でもあり、温泉につかり、町の人から話を聞きながら、ゆっくり旅の日程を決めるのも面白いだろう。帰りの電車を待つまでにひと風呂という人には、温泉の中にある信号が電車の発着を教えてくれる。乗り遅れることのないようにとの旅人への心配りに温もりが感じられる。

錦秋湖ほとりの銀河ホールの写真
錦秋湖ほとりの銀河ホール

また、西和賀町には、東北では珍しい砂風呂の「砂ゆっこ」、洞窟をイメージした蒸し風呂「穴ゆっこ」など、その名前の響きだけでも心が癒される温泉もある。北に向かえば、2度の温泉ボーリングで掘り出した天然温泉「さわうちバーデン」や、ビール工場が併設された「銀河高原ホテル」もあり、ホテルのレストランで、出来たて地ビールが口に出来るのも楽しみの1つである。この2つの施設は研修が出来るようになっており、今回の「いのちの学習塾」の会場でもあった。

銀河高原ビールヴァイツェンの写真

地ビールの「銀河高原ビールヴァイツェン」は、ビール酵母をろ過せず、濁りのある黄金色が特長。ドイツのミュンヘンによく似た環境の西和賀は、雑菌が生息しにくく、ビール醸造に適しており、まさに冷涼な気候と標高1440mの和賀岳の伏流が作り出した産物だ。白濁したビールを口に入れると、とろりとしたコクのある甘さが広がり、口にする度にその魅力にはまってしまう不思議なビールである。インターネットで注文すれば、出来たてをそのままパッケージしたチルド瓶が家庭でも楽しめる。そのほか、麦芽の「甘み」と、ホップの「苦み」が心地よい「ペールエール」があり、この2つのビールは、ジャパンビアカップでの金メダル受賞をはじめとして、数々の賞に輝いている。黒ビール「スタウト」は、樽のみの提供なので、訪れた際には是非口にしておきたい。1泊し、ほろ酔い気分で、星降る銀河の中に身を委ねれば、言葉に尽くせぬ癒しを心身ともに体感できる。

各種地ビールの写真

人の途切れない緑陰診療所

この銀河高原ホテルの一室に「緑陰診療所」という診療所がある。診療に当たるのは、かつて沢内病院の院長として、地域包括医療を支えてきた増田医師である。診療日は、火・水・木の週3日で、針治療中心の自由診療を行っている。薬漬けの今の医療に満足できない患者さんのために、この診療所を開設したそうだ。そこには、公立沢内病院の邪魔にならないようにとの増田医師なりの配慮も伺える。1人にかける診療時間は、平均30分。診療代は3千円ほどで、1日24~25人の患者さんを診ており、増田医師にとっては「それでは多すぎる」のだそうだ。

増田医師の写真
患者さんの声に耳を傾ける増田医師

今年の1月開設以来、今では、27都道府県から駆けつける患者さんもいて、予約がなかなか取れない状況になっている。薬を極力出さず、針治療と対話中心の診療で、何年も痛みに苦しんできた方が、「楽になった」と喜んで帰るのを見ると、まだまだ自分のやれることがあるとの確信が得られるという。増田医師の治療は、一歩前に乗り出して、「やってみましょう」の一言から始まる。つい引き込まれて、あれもこれもと訴えたくなってくるから不思議だ。そんな増田医師の夢は、人間の身体の神秘をさらに解明していくこと。「針を1本刺しただけで、あらっというほど回復することがある。針についてもう少し極めていきたい」と語ってくれた。また、「今の若い医師は人に触れるのを怖がる。訴訟を恐れるのかもしれないが、医療は患者さんに触れずに出来るものではない。受け入れる覚悟から安心感が生まれ、信頼に通じていくのだ。」の言葉からは、増田医師の医療に対する姿勢が伝わってきた。「私は、行政に上手く使われた医師の1人」と微笑む増田医師は、まさに西和賀町にとって心強い存在である。

町民のための銀河ホールでの町民による高齢者演劇

銀河ホールの写真

次に、元気な西和賀を象徴する「銀河ホール」と高齢者演劇について紹介したい。ほっとゆだ駅近くの錦秋湖畔にある西和賀町文化創造館「銀河ホール」は、平成5年に13億円の公費をかけて、「町民のためのホール」として建てられた施設である。舞台前面の壁にびっしり組み込まれた石は、町民めいめいが持ち寄ったもので、正面の入口に立ち並ぶ9本の柱も、廃屋となった町内の農家からもらい活用したそうだ。ホール内は、17年間の時を感じさせないほど綺麗で、木の温もりに包まれている。収容人数は、固定席と桟敷席を合わせて、338席。前掲した映画の試写会では、一度に町民が集まったため、立ち見も出たそうである。

「いってらっしゃい 気をつけて」の一場面の写真
平成21年度銀河ホール地域演劇祭 高齢者劇団「いってらっしゃい 気をつけて」の一場面

平成11年から社会福祉協議会と協働で行われている「高齢者演劇」は、「観る」から「観せる」への発想の転換により、多くの町民を舞台に上げ、元気を引き出している。内容も生活に密着したものが中心でプロの演出家が手がける本格派。稽古に入ると、本番に穴があけられないと普段以上に健康に気を遣うおかげで薬が減り、替わりに家族との会話が増え、「毎日が楽しく暮らせるようになった」という人も多いそうだ。本番当日は、ヤジが飛んだり、笑ったり、涙ぐむこともあって、観客と出演者が一体となって、幕を閉じるという。

銀河ホールは、平成21年度 地域創造大賞(総務大臣賞)を受賞し、町民のための施設として、地域に根付いている。さらに、来年の秋には、「にしわが町民劇場」の開催が決定した。指導は、旧沢内村の生命尊重行政を描いた演劇「燃える雪」の脚本家、大峰順二氏にお願いし、台本づくりから、出演、裏方、宣伝、チケットもぎまで、『町民手づくりの町民による町民のための舞台づくり』を目指している。すでに実行委員会が立ち上げられており、舞台を成功させるまでのプロセスの中で、旧町村の融合により引き出されてくる地域力にも期待がかかる。上演は来年の秋。是非、錦秋湖の紅葉が織りなす錦の絨毯の中での舞台を見に訪れて、西和賀の元気をもらいたい。

アケビの蔓細工から生まれる「生きがい」と「和衷会」の地域づくり

今回参加した「いのちの学習塾」の2日目に「生き生き高齢者が[おらほの地域]を語る」と題し、町内2地区を訪問することができた。まず最初に訪れたのが若畑地区の高齢者創作館。創作リーダー(老人クラブ会長)のお話を伺いながら、アケビの蔓の篭づくりを見学させていただいた。

アケビの蔓細工の写真
アケビの蔓細工
丁寧な手作業で仕上げていく表情は真剣で、楽しそうだ

ここのシステムは、作品が売れるとその日に会館にいる人がお金を預かり、作り手に渡すという至ってシンプルなもので、お互いの信頼関係の上で成り立っている。作品に付けられている番号で、作り手が分かるようになっていて、展示された作品はどれもプロの業を思わせるものばかりである。また、修理代は無料で、この日も篭の取っ手を新しいデザインに変えて、修理をしていた。「手にした現金は、ほとんどが孫に消えてしまう」と笑顔で応えてくれた25番さん(写真)の作品は、特に人気があるそうだ。真剣に作品に向かうその姿からは、「生きがい」とは主体的に創りだしていくものであることが実感できた。

次に訪れたのが、全国初となる「集落再編成事業」(昭和45年)のモデル地区となった長瀬野地区で、集落移転の際には、公民館(長瀬野会館)を中心に据え、住宅の上下水道整備など生活利便性の向上を目指し、住民自治により作り上げてきた集落として知られている。現在も自治組織「和衷会」を中心に、全員参加で地域づくりを行っており、「集落移転の際には何人もの保証人になった」という当時の青年リーダー、照井洸氏(現西和賀森林組合長)にとっての地域づくりは、常に終着点のない「途中下車」。 「自分の住む地域を良くしていこうとするのは当たり前。みんながそういう思いで参加することが地域づくりの精神」と語ってくれた。「和衷会」も高齢化は避けられないが、跡継ぎには心配がないと断言する。10年ごとに発行される住民全員参加で作成される記念誌「しんしゅうらく」も来年4冊目となり、歴史が刻まれた記念誌をめくると住民1人1人の地域に対する熱い思いが伝わってくる。

西和賀まるごと児童養護施設事業

西和賀まるごと児童養護施設事業の写真
西和賀まるごと児童養護施設事業 ゴムボートで川下り

またこの長瀬野集落では、NPO法人輝け「いのち」ネットワークの主催で、児童養護施設みどり学園(藤澤昇園長)が中心となり、全国への児童養護施設へ呼びかけ、4泊5日で児童を受け入る「西和賀まるごと児童養護施設事業」を行っている。

8年目を迎えるこの事業に、今年集まった 児童は17名。募集は、小学5年生から、中学生までだが、中には小学生から毎年、施設長を説き伏せて参加してくる高校生もいるそうだ。「参加した子どもたちの1人1人のエピソードや後で寄せられる感想から、感動をもらい、スタッフ全員が確信をもって、『やってよかった』と感じることができる」と事務局を担当する高橋伸広氏が語ってくれた。

​旧家屋「清吉稲荷」での地域住民とのふれあいの写真
旧家屋「清吉稲荷」での地域住民とのふれあい

この事業では、子どもたちをまるごと受け入れてくれる長瀬野地域の住民の方の人間力も忘れてはならない。さまざまな事情を抱え、傷ついた子どもたちを西和賀の自然が“まるごと”受け入れることが、子どもたちの心を変化させ、素の自分での体験や交流が、10年後、20年後の彼らを支えていくのではないだろうか。何もなくても、まるごと受け入れてくれる自然とそこに住む人々の思いが、大切な「いのち」を語り継ぎ、人への思いやりを思い出させてくれる。

元気な西和賀どっとこむから、西和賀ファンクラブへ西わらびアイコンの写真

西和賀町は、錦秋湖や和賀岳などが四季折々に織りなす自然の風景がそのまま訪れる人を元気にしてくれる一方で、特産物の売り込みとなると今1つ押しの弱いところがある。例えば、西和賀のリンドウは、冷涼な気候と昼夜の温度差の大きさが鮮やかな発色をもたらし、日持ちのよさも抜群で、日本トップクラスの品質の良さを誇っているにも関わらず、PR不足の感がある。その素朴でふんわりした押しつけのなさも西和賀の魅力ではあろうが、町の財政力を上げていくには、売りとなるものをPRしていくことが必要だろう。 

西わらびの写真

西和賀町では、町の発信力を強化するため、政策推進室を中心に、「西和賀元気な産業再生事業」に取り組んでいるところだ。その中の一つに「西和賀ファンクラブ」(仮称)の立ち上げがある。現在「元気な西和賀どっとこむ」のHPサイトや情報誌で発信しているものを更に拡大し、郵送料程度の安価な会費で、西和賀をまるごと届けようという取り組みだ。入口を提供することで、静かにファン層の裾野が広がっていくことが期待される。西和賀町の一押しは、平成21年に町が商標登録をした「西わらび」である。5月中旬から6月中旬にかけて収穫される西わらびは、あくが少なく、粘りがあるのが特徴で、「柔らかいのに、サクッとした歯ごたえ」がやみつきになる。また、郷土料理の一つに「ビスケットの天ぷら」があるそうだ。口々に「美味しい」と聞かされるこの郷土料理の商品化が望まれる。

ビスケットの天ぷらの写真
郷土料理「ビスケットの天ぷら」

さらに、過去においては、克服する対象であった「克雪」も、雪氷まつりや雪あかりのイベントの「親雪」から、雪冷房の菌床シイタケなど「活雪」へと新しい取り組みも始められている。

いのちを語り継ぐということ

太田宣承さんの写真
涙ながらに語る、太田宣承さん。

最後に「いのちの塾」最終日に語り部として語ってくれた太田宣承さんを紹介したい。宣承さんは、特別養護老人ホーム「光寿苑」の副苑長で、「碧祥寺」の副住職でもある。祖父は、深澤村政時代の教育長、太田祖電氏。回り道はあったものの大学院在学時、父、受宣氏の死をきっかけに、仏教の原点である死について本気で考え、学ぶようになったそうだ。平成11年、25歳の時に生まれた土地に戻り、現在若者のリーダーとして、地域づくりに力を尽くしている。一言一言を噛みしめながら命の大切さを説く宣承さんの話に、参加者はハンカチで涙をぬぐっていた。

高橋氏の写真
「1人ひとりが輝ける地域・社会の実現」が高橋氏のライフワーク。「のりしげさん」と慕う西和賀ファンの輪が広がっている

平成21年11月に就任した細井洋行町長も「行脚と対話」で地域に入り、住民や職員の本気を引き出す努力を続けている。「住民の安全・安心」を第一に考えるまちづくりに、住民からの信頼も厚い。

命を軽んじる報道を耳にするたびに、「すこやかに生まれ、すこやかに育ち、すこやかに老いることの出来るまちづくり」の大切さを実感する。地域力とは、そこに住み続ける覚悟と地域への主体的な関わりで生み出されていくものであり、西和賀町の人たちの元気の源も、そこにあるのではないだろうか。