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岩手県住田町/森林・林業日本一の町づくり ~「緑のふるさと協力隊」も活躍~

印刷用ページを表示する 掲載日:2008年11月17日
宮澤賢治が愛した種山高原の写真

宮澤賢治が愛した種山高原


岩手県住田町

2659号(2008年11月17日)  全国町村会経済農林部 小野 文明


1.創意と工夫に満ちた取り組みを展開

町の概要

岩手県東南部に位置する住田町は人口6,500人余りの森林の町。町を流れる清流気仙川は、アユやヤマメ、イワナなど川魚の宝庫。毎年3月から10月までの間、全国から訪れる太公望で賑わう。

町の西部、奥州市、遠野市にまたがる高原・種山ヶ原には広大な牧草地が広がり旅人の足を止める。

そんな住田町は、面積334平方kmの約90%を森林が占める。森林面積30,000haのうち町有林が13,000haと森林面積全体の約4割に上る。

三次にわたる林業振興計画

この豊富な森林資源を高度に活用し、町の経済基盤の安定、林業の長期的な発展を図るため町では昭和52年からこれまでの間、3次にわたる林業振興計画を策定してきた。

20ヶ年計画としてスタートした「第一次住田町林業計画」、平成5年の「第二次計画」そして、平成16年の第三次計画では、「森林・林業日本一のまちづくり」を掲げる10ヶ年計画をまとめた。現在も進行中のこの計画では、「環境と経済の好循環による新時代の森林・林業の推進」を基本方針とした。地球温暖化対策など環境に配慮する姿勢を打ち出し、森林に寄せられる社会の要請に応えようとする姿勢がうかがえる。

第一次計画から30年の間に、木材の生産から加工・流通、さらには住宅建築・販売に至るまでの一連の流れをシステム化してきた。その具体的なあしどりを追ってみると住田町林業の特徴が見えてくる。

  • 昭和57年 三セクによる産直住宅会社の設立(住田住宅産業(株))
  • 昭和62年 大規模製材工場の設置(気仙木材加工協同組合連合会)
  • 平成5年 プレカット工場の設置(けせんプレカット事業協同組合)
  • 平成10年 集成材工場の設置(三陸木材高次加工協同組合)
  • 平成12年 1市2町の森林組合の合併(気仙地方森林組合)
  • 平成14年 ラミナ製材工場の設置(協同組合さんりくランバー)
  • 平成16年 FSC森林認証の取得

川上からの林業振興

町では、住宅産業への進出に始まり、最近の森林認証の取得など、「川上から川下までの林業振興」を展開してきた。最近でこそ林野庁などが主導する「木づかい運動」が盛んだが、いち早くエンドユーザーを意識した木材利用の促進策を講じてきた。

プレカット工場、集成材工場、製材工場などを擁する木材加工団地の光景は圧巻だ。広大な敷地の奥部には、切り出された丸太が鉛筆を束ねたように積み上げられていた。手前に立ち並ぶ工場の建屋内では、高度に自動化された機械が整然と作業をこなす。

その生産ラインは、これ以上の自動化は不可能ではないかと思わせるほどのものだ。投入された木材はセンサーで計測、必要な長さに切断され、ラインの流れに乗り自動的に接着剤が塗布される。その後、プレス処理が施され基礎部分の防腐加工へと送られる。木を十分に使い切る集成材の特徴をまさに目の当たりにした。

住田町の林業展開はこれに終わらない。木質バイオマスの推進に向け、平成12年に「地域新エネルギービジョン」を策定、「森林エネルギーのまちの実現」に向けた取組をスタートさせた。平成15年には加工工場から出されるかんなくずを原料としたペレット製造施設を設置。加工団地内から排出される残材は、木屑焚きボイラー施設に送られた後、木材の乾燥や工場内の冷暖房、加工施設の電力エネルギーとして活用されている。

加工団地は、木材価格の低迷など我が国の森林・林業が抱える構造的な問題に直面しているが、ロシアによる輸出関税の大幅な引き上げなど、最近の木材を巡る資源ナショナリズムの動きにより、国産材への期待は急速に高まりつつある。

住田町の林業の現状について、三陸木材高次加工協同組合などの支配人として加工団地を取り仕切る中川信夫氏は語る。「国産材の需要の高まりに応えるには、何よりも原木の安定供給が大事だ。ここでは大型の高性能林業機械の導入により、山元へ利益を還元していきたい。」また、加工工場での様々な取組については、「経営的な課題は残るが理想的な取組をやってきた。日本一を掲げている以上、先を走って行きたい。」と力を込める。

木材産業の取組に加え住田町ではペレットストーブの普及にも力を入れている。役場や小中学校などの公的施設や個人住宅には国内製やスウェーデン製、イタリア製といった様々なタイプのペレットストーブが導入されている。町立世田米保育園の園児たちは併設されたペレットボイラーから供給される床暖房で暖をとる。

この他、町内の「まるごとフォレスト・ミュージアム化」を目指す「森林(もり)の科学館」構想や森林体験学習、森の案内人の育成など、「森林・林業日本一の町づくり」にふさわしい創意と工夫に満ちた取組が積極的に展開されている。

加工団地の写真1

加工団地①

加工団地の写真2

加工団地②

役場内に掲げられた「森林林業日本一の町推進係」の看板の写真

役場内に掲げられた「森林林業日本一の町推進係」の看板

プレカット工場の写真

プレカット工場

2.「緑ちゃん」がやってきた

平成20年4月、住田町に「緑ちゃん」こと野尻美香さんはやって来た。さいたま市出身の野尻さんは今年3月に東京都内の女子大を卒業、企業への就職の内定を断り、あえて山村での生活を選んだ。

野尻さんが住田町にやって来るきっかけとなったのは、特定非営利活動法人地球緑化センターが実施する「緑のふるさと協力隊」事業。

山肌が紅葉で色付き始めた10月のとある日、住田町で半年間の生活を経た野尻さんを訪ねた。東北新幹線水沢江刺駅から車で50分、役場に着くと「産業振興課」には彼女のデスクが用意されていた。地域を支えるスタッフの一員としてすっかりと溶け込んでいる雰囲気が伝わってくる。

就職の内定を断ってまで住田町にやってきた理由は何か、野尻さんに尋ねてみた―

「郵政民営化が問題になった頃、地方の郵便局がなくなるという話をきいた。そのとき、それはちょっとおかしいと思った。」地方を支える様々な仕組みが非効率と切り捨てられることに「どうしても納得できなかった」という。当時抱いた思いは、就職活動を迎え内定先が決まった後も消えることはなかった。周囲には反対する声もあったというが、「地方のために自分で何かできることはないかと思い、ホームページで見つけた緑のふるさと協力隊に応募した」という。 

隊員として赴任して以来、野尻さんは、鍾乳洞「滝観洞」や道の駅「種山ヶ原“ぽらん”」を中心とした観光施設での販売活動、農・林業体験、保育園児の遠足の手伝いのほか、町内のイベント等の活動に従事している。

中でも、小中学生を対象とした「ドラマチック海遊塾~住田フィールド~」や「すみた川遊び寺子屋塾」といったイベントには、企画段階から中心メンバーとなって参加、苦労も多かった分、言葉に尽くせない体験をした。

宮沢賢治も愛した高原・種山ヶ原にある直売施設「ぽらん」には、土産物とともに地元で採れた新鮮な農産物が数多く並び、観光客だけでなく、地元の人も立ち寄る。施設で一緒に働く人や地元の人々からは、郷土料理の調理法や風習や文化など、数多くのことを弾む会話の中で教わるという。

東京のファーストフード店で働いた経験のある彼女は、ここでの販売活動を通じ接客という仕事の本当の奥深さと面白さに気づいたという。

住田町が「緑ちゃん」を受け入れて今年で3年目、その狙いを多田欣一町長はこう語る。「緑のふるさと協力隊には2つの効果がある。一つは住田町が外から見てどう写るのか、課題は何か、それを我々住田町に暮らす者が知ること。もう一つは、彼女自身のため。長い人生の中ではいろいろな事があるだろう。そのとき、住田町での経験をその後の人生に活かしてほしい。」

野尻さんを支えるのは、受入を担当する産業振興課の人たち。横澤孝課長と菊田賢一係長は、時に彼女の親代わりとなる。見るもの聞くものそして方言など全てが初めての彼女がスムーズに地域に馴染めるよう、気遣ってきた。

この緑のふるさと協力隊事業は、自治体が受け手となるのが最大の特徴といえるが、地球緑化センターの金井久美子事務局次長によれば、「自治体の受入姿勢が、1年に及ぶ隊員の生活を大きく左右する」と話す。

「緑ちゃん」こと野尻美香さんの写真

「緑ちゃん」こと野尻美香さん

3.緑のふるさと協力隊~4割の定住率~

「緑のふるさと協力隊」を実施しているのは、特定非営利活動法人地球緑化センター(高橋成雄理事長)。農山村に興味を持つ若者を、地域活性化を目指す自治体に1年間派遣する事業を平成6年から実施、これまでに約420名の若者を農山村に派遣した。平成20年度は30の自治体に隊員を派遣している。受入自治体は、毎年4月から1年間、隊員が暮らす住居等を準備するほか、毎月5万円の生活費などを負担する。

隊員として派遣された若者たちは、それぞれの地域で農林業や観光産業、各種の行事などに従事・参加し、移ろいゆく四季とともに地域に染まりながら、得難い経験を重ねてゆく。土地勘や地縁のない若者が都市や住み慣れた場所を離れ、農山村での暮らしを敢えて志す―経済発展を陰で支えてきた農山村がたどってきた道のりを振り返ると、その現在的意義はとても尊いと感じる。

派遣後の隊員の進路は様々だが地域での定住率は約4割というから、この事業はもっと評価されて良い。毎年、派遣を希望する若者も、問い合わせを含め数百人に上るというから、地方での暮らしに関心を抱く潜在需要の裾野は広そうだ。今後、受入自治体が増えれば地域活性化に向けた処方の一つとして定着することも期待できる。また、過疎地域等の集落対策として注目を浴びる「集落支援員」への登用なども見えてくる。

平成21年度の受入自治体の募集は11月28日が締切となっている。(問い合わせ・地球緑化センター・電話03(3241)6450ホームページhttp://www.n-gec.org/)

4.先人たちが残した資産を守る

「森林・林業日本一の町づくり」を標榜するに至った理由を多田町長はこう語る。

「13,000haの町有林は、木材価格が低迷する前であれば、現在の交付税は要らないくらいの価値があった。それだけ豊かな森林資源が保たれているのは、先人たちが血と汗と夢を託して、必死の思いで山を守ってきたお陰だ。その資産を現在に生きる我々が、経済的に価値がないからという理由で見捨てることはどうしてもできない、知恵がなさ過ぎる。だから、何としてもこの山を価値のあるものとして残したい、その思いが、森林・林業日本一の町づくりだ。」

エネルギーや食料など日々の生活に直結する資源を外国に頼らざるを得ない中、世界に冠たる我が国の森林資源の有用性を、都市に暮らす人々が意識することはほとんど無い。

振興山村地域に暮らす人々は、全人口のわずか3%。このわずかな人口で国土の約半分を支えていることに、もっと想像力を働かせることが必要だ。温室効果ガスの削減目標に向け、国はいま森林の間伐に特段の対策を講じている。だが、肝心なことは林業が産業として再び活気を取り戻し山村に人々が帰ってくることだ。

「緑のふるさと協力隊」と「森林林業日本一の町づくり」。住田町の挑戦は、森林大国日本が歩むべき将来への布石として映る。

まちづくりへの思いを語る多田欣一町長の写真

まちづくりへの思いを語る多田欣一町長