2624号(2007年12月17日)
町長池田洋光
中土佐町は、平成18年1月に旧中土佐町と大野見村が合併してできた新しい町です。町の中心部まで拘置しからクルマで約1時間、県の中西部に位置し、南は太平洋、北は山々に囲まれた人口8,700人、面積193.43平方kmの自然豊かな町。古くから鰤や鰹漁で栄えてきた太平洋に面した中土佐地区と、日本を代表する清流四万十川の上流部にあり林業と米作りが盛んで、近年は工場誘致によって発展を遂げてきた山間部の大野見地区に大別されます。
そしてこの合併は、もともと観光産業が町づくりの基盤だった旧中土佐町にとって、手つかずの山と川という観光資源を持つ大野見村が加わったことによって、「海」、「山」、「川」の3拍子そろった大きな観光財産を抱える新町の誕生という結果をもたらしたのでした。
そもそも、旧中土佐町が観光産業に力を入れ始めたのは少子高齢化、過疎への危機意識からでした。平成4年、これまでの基幹産業であった漁業や農業など一次産業が衰退してきたという背景から、当時の国土庁地方振興アドバイザー事業を導入。町民による委員会を立ち上げ、交流人口の拡大に力を入れた取り組みを始める事になりました。
純金かつお
その中で出てきた意見が「町にある資源を生かした取り組みをしよう」ということ。そして、その中核になったのが「カツオ」だったのです。その理由としては、昔からカツオ漁が盛んであったことに加えて、ふるさと創生資金で1億円の純金カツオを作ったという経緯や、毎年1万5千人を集客するイベント「カツオ祭」の開催、また町が高知県出身の漫画家故青柳裕介氏の「土佐の一本釣の町」の舞台となったことなどがあげられます。
このようにカツオは、昔から町民にとって身近な存在であり、必然的な帰結としてカツオを主人公としたまちづくり「鰹乃國の物語」が始まりました。
その中核施設として平成8年に第三セクター方式で「鰹の国の湯宿 黒潮本陣」という温泉宿泊施設を建設しました。太平洋を一望できるロケーションや地どれの新鮮な魚介類をふんだんに使った料理が人気で、年間稼働率93%を誇る県内屈指の公共の宿です。
四万十川上流にある高樋沈下橋
翌年には、そのすぐ近くに公設民営でイチゴ農家の主婦たちによるケーキ店「風工房」がオープンしました。カツオのアラ(内臓や骨など)を堆肥に育てた苺ケーキが話題となり、行列のできるケーキ屋さんとしてマスコミにも取り上げられ、黒潮本陣と共に中土佐町にとってなくてはならないイメージリーダーへと成長しました。こうしたハード面の整備だけでなく、役場、商工会、そしてボランティアがチームとなり、県外のイベントへ幌馬車と呼ばれる特装車でカツオの実演販売に出かけ、「土佐の一本釣りの町」として町のPRに努めるなど、行政と住民が一体となってカツオに特化した取り組みを推進してきた結果、「元気な町中土佐町」として県内外に認知される町となりました。
一方、旧大野見村は、清流四万十川の上流域という天与の自然条件を生かした農林業に加え、早くから精密機器工場や縫製工場の誘致を行い、最近は四万十川の水を使ったミネラルウォーターの工場が建設されるなど、人口比率からして一次二次の産業に恵まれた村でした。しかし、観光面では四万十川というブランドを持ちながらも、「観光に頼らなくてもやっていける」という自負、加えて高齢化率に至るまで、観光のバリエーションが大きく広がりました。
こうして様々な資源を手に入れた中土佐町ですが、近年の観光客のニーズは「食べる」、「遊ぶ」だけにとどまらず、その場所でしかできない体験や、地元の人とのふれあいを求めるいわゆる体験型観光、グリーンツーリズムやブルーツーリズムの時代へと移行してきました。
そこで、地域で何ができるか、できることから始めようということで、漁協が中心となった漁師体験やスキューバダイビング体験、小学生の親子を対象にした川遊びなどを実施することになりました。なかでも、町内にある漁協のひとつ、上ノ加江漁協が、取り組んだ体験型観光は住民自らが取り組んだ先進事例として、現在県内の他自治体から注目されている事業の一つです。
上ノ加江地区は、役場庁舎のある地区からクルマで約7分のとろこにある漁業集落ですが、明治時代には県下初の大敷網が敷かれ、「ブリ大敷網発祥の地」として名をはせました。近年は、高級魚のアマダイや赤モツ、伊勢エビなどの水揚げが中心ですが、漁獲高や魚価の低迷が続く中、過疎化による後継者不足や高齢化など、漁業を取り巻く厳しい問題に直面しています。
たたきづくり体験をする観光客
そこで、漁業の振興と地域再生を果たすため、高知県の体験型観光推進事業のモデル地域としての指定を受けて、体験型観光への取り組みを始めました。上ノ加江漁協は、その数年前に磯焼け対策ということで昆布養殖に取り組み、「こんぶ美人」という商品開発をした活動実績がああり、それをいかした取り組みを行うことになりました。最初は、昆布の種付けや、刈り取り作業を観光客と一緒に行うというスタイルからスタートし、そこで組合員一人ひとりが観光客への接し方を覚えていきました。
体験観光での昆布の刈り取り作業
昨日まで海の男として漁場で一人海と対峙していた組合員が、すぐに観光客に慣れたわけではありません。始めの頃は、恥ずかしさや、とまどい、行政にやらされているという感覚もあったのではないかと思いますが、回数を重ねるうちに慣れとともに自分たちでやるという自覚が生まれてきたのです。
やがて、体験メニューに漁師ならではの技術を生かしたロープワークでの工芸品づくりや、カゴアミ漁、養殖魚のえさやりなどが加わるようになることで、自分の持っている知識や能力をお客さんに伝える喜び、地域や自身の職業に対する誇りへとつながっていきました。それは、これまで地域にはなかった一体感・連帯感が生まれた瞬間でした。
漁師たちが新たな挑戦を始めたことは、そのベターハーフである女将さんたちの意識も変えることになりました。それは、これまで主に体験観光でのおもてなし料理を担当してきた女性部のメンバーが一念発起し、漁師町ならではの新鮮な魚が安価で食べられる漁業体験施設「わかしや」を漁協に隣接してオープンさせたことです。体験ツアー時の食事のほか、レストラン兼喫茶店として早朝より午後まで営業しており、地域の人々の憩いの場として、また、おいしい魚料理を求めて来られる遠来の人々の要望に応えています。
ロープワークでの工芸品づくり
こういった取り組みに呼応するかのように、4軒の漁協組合員が民宿の営業許可を取り、町内初の漁家民宿をスタートさせました。県内でも漁家民宿は他に2軒しかなく、4軒同時スタートは漁協挙げての取り組みとして地元新聞にも紹介されました。この事例は、観光面だけでなく地域の水産業の存続、発展のために漁業者自らが自発的活動に取り組んだという点で、これからの町づくりの新たな指針となりました。
現在、都市と地方の格差問題が論議を呼んでいますが、無い物ねだりをするのではなく、創意工夫と自然環境など地方ならではの利点を生かすことによって、逆に人間らしい充実した生活を送ることができると考えます。中でも、自然環境特性を生かした農林漁業などの一次産業は都会では手に入りません。漁業だけでなく農業についても、中土佐地区のニラ、茗荷、インゲン、小ナス、花卉などのハウス園芸、大野見地区の水稲、酪農などこだわりを持った農家が活躍しています。また、町土の90%が山林に覆われた地形上、林業も盛んで、特に大野見の檜は高い評価を受けています。今年10月には、高知県の提唱する「環境先進企業との協働の森作り事業」で富士通グループとCO2削減に向けた森林保全協定を締結しました。
これら町の宝である一次産業をまもり、素晴らしさ、重要性を町民が再認識するためにも、都市と地方の交流の場となる体験型観光事業は有益です。従って、今後観光協会の設立や地域のコーディネーターの育成など、組織づくりに重点を置き、体験型観光推進に向けた取り組みを推進していきます。
また、中土佐町では、今春移転した久礼漁協に隣接する新港背後地に加工・製造・販売といった二次産業や三次産業を有機的に結びつけた、新たな産業の創出に向けた取り組みを始めました。一次産業のみならず広く観光面でも大きな期待が寄せられており、地域浮揚の鍵を握る計画となっています。
このように、グリーンツーリズムの推進は、山・川・海、それぞれの地域がモツポテンシャルをさらに伸ばすとともに、地域に新しい価値を創りだし、この地域に生まれてよかったと思える生きる喜び、誇りを取り戻す自信につながっていくと確信しています。