町の花「アツモリソウ」
「町長、支所を廃止して、きめの細かい行政と言えるのか」、「自立はいいが、財政的には大丈夫なのか」といろいろ意見が飛び交う、本町の地区懇談会です。
伊達藩唯一の直轄地「五葉山」
岩手県住田町は、三陸海岸に近い県の東南部、人口約7千人、総面積335平方km、山林が90%の典型的な山村です。産業の中心は農林業で、戦前は馬産地として、戦後は木炭、葉タバコ、養蚕を主産業としてきました。昭和40年代から50年代にかけては、野菜と畜産と の組み合わせによる複合経営で、平均耕作面積60aを集約した「住田型農業」を築き上げてきました。
一方林業は、昭和53年に林業振興計画を策定し、木材生産と加工に加え、住宅建築や住宅部材販売までの一連のシステム化を図るプロジェクトに取り組みました。このプロジェクトによって整備した木工団地では、180人の雇用を生み出しており、全国の林業地より注目をいただいているところです。
私が町長に就任したのは平成13年8月です。市町村合併問題への対応が問われはじめていたときでした。
市町村の合併は、自治体はもちろんのこと、そこに生活する住民にとって非常に大きな問題であります。私は、この合併問題は、今後の町づくりについて町民と意見を交換する格好の機会ととらえました。それは、単に合併する、しないではなく、町づくりの根幹にかかわるものであるため、町民や議員の意向を把握するとともに、役場の職員にとっても、自分の仕事と町民の視点を再認識できる機会でもあるからです。
いろいろ意見が飛び交う「地区懇談会」
まず、町民に的確な情報を提供するため、助役をチーフとして課長等の管理職で構成する「地域経営研究会」を立ち上げました。ここでは、メンバーが毎週水曜日午後5時から時間無制限で半年間議論し、町の財政状況、自立への模索、合併へのあり方を研究しました。
その成果をもって、町内5箇所の地区公民館単位に住民懇談会を行いました。
懇談会では、先に合併推進の立場から県の担当職員が説明を行い、その後「地域経営研究会」の結果を説明し、町民の議論を喚起し、意見を聴取しました。当然、「町長の考えは」、「我々に判断しろというのは責任回避だ」といった意見もありましたが、「これまでの行政のスタンスと違う、まず町民から意見を求める」ことが概ね理解され、行政と町民がともに責任を分け合う素地が受け入れられたものと考えております。もちろん、「町長の姿勢」を問う声は、議会にも、職員にもありましたが、私が方向性を出すのは最後であると頑健に自分の意志は表明しませんでした。
自立のためには、単に「合併はいやだ」、「自立でいきたい」だけでは前に進めません。そこでは、一定の条件を「民と公」が達成していくことが必須となります。本町では、「地域経営研究会」がその条件を提示し、町民と認識をひとつにする努力を続けています。
その自立のための四条件とは
であります。これを、謳い文句にせず、実績が明確に見える形としています。そのために取り組んだのは次のようなことです。
小規模町村では、町役場が最大の企業であり、組織力、情報力、財政力がすべて集中しております。そこで、町の元気、町の改革をしていくためには、この最大組織で最大のシンクタンクである役場の職員を動かしていく必要があります。
私は、町長就任と同時に役場職員の地区担当制を敷きました。課長補佐・係長クラスの職員約40人が5つのチームをつくり、地区の人たちと年間を通して地域づくりをしております。これは、地域づくりだけではなく、職員が地域や住民の目線に立つことの訓練であり、共同作業は、将来の職員・行政と住民との信頼関係の構築につながるものと考えています。 管理職クラスには、「地域経営研究会」を通じ、自分の担当範囲だけではなく町全体の課題対応ができる、グローバルな管理職になってくれることを期待するものです。
また、若手職員の研修は、通常の研修に加えて、他団体、友好団体への派遣、交流人事を活発に行っております。昨年度は国や県などに6名の職員を派遣しております。全職員が120名ですから大変苦しいところですが、これまで派遣研修を終えて戻ってきた職員は約20名、今、町に新しい風を吹き込もうとしています。
協働・参画では、各地区において地区委員会が地域資源を再発見(地元学)し、それを地域づくりに結びつける活動をしています。もちろん、これらの支援は地区担当職員が担い、地域の夢実現のための財政支援として「地域づくり事業補助金」を交付し、「自分たちの地域は自分たちでつくる」自治の原点の活動を助けています。それぞれの地域で取り組みの視点が違うのもまた特徴です。 行政の政策には、町政モニター、審議会委員として多くの公募委員の採用を心がけており、その後の運営にも参画を期待するものであります。
農産物直売施設での山野草栽培講習会の様子
行財政の効率化については、町の行政、財政状況に関する情報を町民にわかりやすく提供しております。町の広報では、毎回一事業にしぼり、決算状況をお知らせしております。 例えば学校給食センターの経営については、国県の補助金、保護者の負担額、町の持ち出し、人件費、原材料費、町民一人あたり負担額、一食あたりの調理単価などを示し、町民の財政運営への関心を高める方策をとっております。
広域連携においては、消防、ごみ、し尿、介護保険二次審査などを共同で行っておりますが、さらに滞納整理や国保などについても働きかけをしているところであります。
以上の4条件のほかに3つのプロジェクトを重点的に推進しています。
町の90%を占める山林は、町の重要な資源です。特に町有林はその35%、1万3千haあり、約7千haが戦後植林された杉を主体とした人工林となっています。今、木材価格は低迷し、再生産の意欲も失われている現状にありますが、先人の偉業を引き継ぎ、これを価値あるものとするべく、木材の加工、流通事業体を立ち上げ、さらに、森林認証の取得、木質ペレットの生産や木質発電への取り組みなどの環境事業へも展開をしています。
本町のもうひとつの基幹産業である農業の新展開です。農家一戸あたり耕作面積が60aと零細な農業ですので、大産地では不可能な「無農薬・無化学肥料」の安全・安心農業と、意欲ある農家の支援のため「集落営農」の実現を目指しております。
町内5地区ごとに地区計画を推進
町民が旧来育んできた共同体意識の維持、復活をし、行政と住民とが各々の特性を生かした役割分担をしながら、町全体がひとつとなる地域づくりを目指すものです。その重要な支援策として、職員の担当制と地区ごとの地区別計画の推進を行っております。
住田町は藩政時代から伊達藩唯一の直轄地として、産金や木材で発展してきた町です。そのため、町民は自立意識が高く、合併についてはハードルが高いと思っております。
そうした中で、自立を支えていくのは、その中心にいる役場と職員であります。財政事情は予断を許しませんが、職員の高い意識と町にかける思いを醸成していかなければなりません。本年度より職員の評価制度を導入し、職員の能力向上と緊張感のある業務運営を期待しているところであります。
地方分権により市町村への権限移譲が始まっておりますが、これとても、移譲を受けるもの、拒否するものの厳しい選択が必要と考えております。行政は町民の「幸せづくりのトータルコーディネーター」です。
これからも、「小さい町だからこそできる、小さい町でなければできない」町づくりを目指してまいります。
住田町長 多田欣一