3.展 望

 それほど広く知られていないかもしれませんが、平成13年6月26日に閣議決定された「骨太の方針」には、「都市と農山漁村の共生と対流」という文言が盛り込まれています。実は、この言い方を含む一文は原案にはなく、最終段階で挿入されたものでした。

 「骨太の方針」で提示された7つの改革プログラムの(6)は「地方自立・活性化プログラム」と題され、「地域に密着した産業の活性化等」としてまとめられ、その末尾は、「意欲と能力のある経営体に施策を集中することなどにより、食料自給率の向上等に向け、農林水産業の構造改革を推進する」とし、「また、地方の活性化のために、都市と農山漁村の共生と対流、観光交流、おいしい水、きれいな空気に囲まれた豊かな生活空間の確保を通じ「美しい日本」の維持、創造を図ることが重要である」とされています。この「また」以下が付け加わったのです。

 この付け加わった一文の意義は小さくないと考えます。なぜなら、構造改革論議の中では、「小規模町村」バッシングといえるほどの議論が行われ、都市再生の必要がことさら強調されることで、都市と農山村とが対立するかのような主張が出てきたからです。

 しかし、「都市と農山漁村の共生と対流」という文言は、日本再生に展望を開くことのできる基本的な考え方といってよいと思います。私たちは、これを重視したいと思います。

 共生とは、都市とは違った農山村の価値の承認であり、都市の尺度で全国の多様な地域を一律に推し測らないことであるからです。もちろん、都市には、その独自の暮らし方と価値があります。しかし、農山村にも、その独自の暮らし方と価値があります。共生とは、この多様性を認めた上で、お互いに足らざるを補い合うことです。共に生きていくために協力していくことです。

 対流とは一方的な農山村からの人口流出ではなく、都市からの人口還流をも意味しており、「均衡ある国土の発展」に替わりうる方策として意義をもっていると考えられます。これに基づく政策の推進によって、これまでのU・J・Iターンの動きを加速化させ、人の動きに新たな可能性を開いていくものと期待できます。

 農山村の人びとは、困難な条件の下でも、国土を支え、文化の基層を支え<CODE NUM=00A4>自然を活かし、新たな地域産業を創り出しています。その営みの中には、実に想像力に富んだ自立に向けた挑戦もあります。それでも、いま、日本の農山村は、その一見してのどかな風景とは裏腹に、ちょっとやそっとでは将来展望が開かれないほどの状態にあります。田畑と山林の荒廃は進み、若者が去り、残ったものは老いています。何代も続いた農家が一代で消滅し、何百年も続いた集落さえも消えようとしています。

 こうした農山村の現況をなんとかして打破していかない限り、日本全体の再生はないというべきではないでしょうか。農山村が衰亡すれば、一見して堅固にみえながら生存条件の自力救済のきかない都市は滅んでいくしかないというべきです。国民の生存に欠くことのできない食料の自給率は、先進国の中で最低の約40%にすぎません。農山村の危機は都市を含む日本全体の危機です。問題なのは、この危機をどのような方向で克服していくかです。

 都市の人びとの間には自然回帰、環境重視の動きが目立つようになり、利便さをもとめて人工物で固められた都市の暮らしのあり方に、都市に集住している人びとでさえ、どこか不安と満ち足りなさを感じています。しかし、自然の力を誰が守り、育てるのでしょうか。自然は、複雑で、扱いにくく、そう簡単に人間の思うようには統制できないのです。だからこそ、自然との付き合いを生活の不可欠の一部としている農山村の人びとは、自然を畏れ、その恵みに感謝する心と生活の技を育んできたのです。そして、そこでは世代交替が進んでも、知恵と技の核心部分は、次の世代に確かに継承されています。また、それらが過疎化や高齢化により途切れかけている場合でも、「むらづくり」によって、新たな継承が始まっています。そうした人びととの交流と共感なしに、都市の人びとが自然を享受し、真に都市を再生していくことはできないというべきではないでしょうか。

 町村行政自体にも、できるだけ自立へむかって、さらなる改善・改革が必要です。しかし、事務権限と財源を縮小して、その部分を他に肩代わりをしても

らえとか、あるいは基礎的自治体からはずしてしまえとかいうような扱いは、到底容認できません。こうした議論そのものが、農山村で「共生と対流」をめざして、懸命に立ち上がり始めた地域住民や町村職員の誇りを傷つけます。今、農山村の地域づくり・むらづくりは、経済的豊かさを追求するというよりは、自らが維持・創造してきた豊かな自然を基盤とする独自の地域資源、環境、景観、文化に対する「誇り」をつくる地域づくりに重点が移りつつあります。このような地域の「誇り」そのものを直撃することは、農山村の未来のみならず、都市の将来、そして日本再生の展望をも閉ざすものになります。
 
 もし国政が、人口は少ないけれども広い面積の地域で、このように誇りをもって個性的に生き抜こうとしている農山村の人びとを不安に陥れ、将来への展望を奪い取るような挙に出るとすれば、それこそ失政のそしりをまぬがれないのではないでしょうか。

 将来への展望は、国土を支えている町村の存続と自立を通じて、都市と農山村との共生と対流を確固たるものにしていく制度と政策の構想によって開かれるものと確信します。

 私たちは、このことを、いま、声を大にして訴えたいと思います。




  表 紙
1.昨年の全国町村会の訴え
2.憂慮すべき状況
3.展  望