●1 農山村をどのように豊かな生活空間にしていくか

 

  農山村で暮らす人々の生活の質を高め、そこでの活動を活気あるものにする仕組みをどのように創るのか。地域間の連携の重要性にも焦点をあてて、農山村をいかに豊かな生活空間にするかを考えてみます。
 
 (1)生活サポート機能を高度化する
    農山村を居住の場としてより充実したものにするためには、産業の活性化だけでは十分ではありません。とくに現代のような情報化時代においては、生活基盤をいかに整備し、生活サポート機能をどのように高度化するかが大きな課題です。とくに、人口の少ない中山間地域や離島においては、このための独創的な工夫が不可欠です。
  平成10年3月に閣議決定された全国総合開発計画は「21世紀の国土のグランドデザイン」と名づけられましたが、そこでは、小都市と農山村からなる空間を「多自然居住地域」と呼び、経済成長時代の都市化型の発展とは別の型の発展をめざす地域と位置づけました。
  いかに能力があって山村や離島で高収入が得られる産業を確立しえたとしても、病気になったときに、十分な医療も受けられないようでは安心して生活することはできません。小さな離島で漁業が栄えていても、学校がなければ子供たちは暮らせません。海外旅行に行きたくても、一般的な団体旅行の情報しか得られないようでは困ります。パソコンのハード機材やソフトを買うのに、2時間の道を往復するのも不便です。このように現代に普遍化されつつある医療・教育・福祉・情報などにかかわるサービスや消費の機会がたやすく得られることを、先のグランドデザインでは「必要な都市的なサービスの享受」といっているのです。
  このような機能の提供に関して、人口の少ない農山村では、自然発生的な経済の流れに任せるだけでは、どうしても不十分になります。それぞれの町村が住民と十分議論し、住民の納得のもとに、高レベルの生活サポート機能を支えていく必要があります。
 


 
 
 (2)住民組織の意味を再発見する
    わが国の町村は、歴史的には「藩政村」と呼ばれた多数の農村集落を基礎単位としています。これまでの町村合併を経ても、この基本は変わらず、住民はそれぞれの集落ないしは地区に対して強い帰属意識をもってきました。
  そして、それぞれの集落を運営するための「寄り合い」と呼ばれた会議は、いまも基本的に残っています。全員参加で代表を決め、集落の運営のための経費をどのように負担しあうか、また、諸行事をどのように運ぶかというようなことが審議され、住民が身近な自分たちの地域の活動を担うという、本来の意味での自治の営みがありました。
  高度経済成長とともに財政規模が拡大し、町村が大きな事業を立案して、直接地域整備に大きな予算を執行するようになるなかで、かつてのように人々の行動は集落の中に閉じこもってはいません。しかも少子高齢化が進んでいる今日、地域の生活を支えあうには、かつての集落よりも大きな基盤が必要だと思われます。少なくとも旧村とか小学校区程度の大きさで、地域社会のしくみをどう作り替えていけばよいかを議論する新しい「寄り合い」の場が必要です。これが盛り上がっていけば、町村全体で、まちづくり会議が成り立つようにもなります。
  充実した生活には、レクリエーション・スポーツ・文化芸術的な要素も必要です。これも、過去の人間関係だけに寄りかかっていては生まれてきません。集落や町内会の全員参加型の発想から脱して、それに打ち込める人を広く募り、大いに意欲と能力が発揮できる組織を育てるべきです。そうなれば、UターンやI ターンで新しく入ってきた人たちも、いろいろな場で力を発揮することができ、都市の人が感じる心理的な壁もなくなっていくに違いありません。
 
 (3)地域間連携の力を発揮する
    町村は比較的小規模な自治体であるため、身近に、どこまで高度な生活サポート機能を用意できるかという点では限界をもっています。たとえば小さな町村で高度な機能を備えた総合病院を維持することは、なかなか困難です。このような問題の解決には、ある機能の確保について、複数の市町村が連携して支える方法が有効です。
  例えば、ごみ処理や消防などについては、早くから一部事務組合によって処理されてきています。近年、市町村が介護保険法上の保険者となったために、その業務に関連し全国で多くの広域連合が組織されました。小さな町村で個別に介護認定業務等を行なうのは容易なことではないからです。市町村は、学校教育・生涯学習・スポーツ・音楽などの分野で、さらに高レベルの機能を用意するにも地域間連携は欠かせなくなります。
  市町村間で連携を求めることには、違う立場にある自治体が共通の益を求めて議論を進める際に、人が育つという意義もあるのです。新たなテーマを求めての町村の枠を越えて議論し、共同作業を行なうことによって職員は成長します。町村職員が前例のない課題を得て、それまでにはない挑戦能力を身につけることは、役場にとっても農山村にとっても、むしろ不可欠なことです。

 

 

●2 町村の力は、どう発揮されるのか

 

  地域のもつ資源を活用し、時代の変化に適応するよう地域を主体的に変えていくためには、町村は、いかなる力を発揮できるのでしょうか。しかも、そこに小規模自治体であることの優位性を見出すことができるのでしょうか。ここでは、この問題を、自然の保全、地域産業の活性化、住民自治の展開という三つの側面から考えたいと思います。
 
 (1)豊かな自然を地域の誇りとして守り活用する
    農山村は自然と人間との戦いの最前線ですが、近年、環境問題に対する社会的な意識の高まりを背景にして、地域の誇りとして自然を守り育てようという機運が、従来にも増して町村の間に生まれています。
  例えば、昆布漁に重大な影響をもたらした磯焼け対策として植林を行ってきた例、河川改修に近自然工法をいち早く導入した例、コンクリート擁壁の代わりに樹木帯を造ることにより土砂崩壊防止を図っている例、1000年にもわたり地域の地形と水循環を守ってきた棚田を保全している例、などがそれです。こうした取り組みは、自然環境との共生のなかでこそ生まれた、創造力豊かな地域づくりの実例なのです。
  農山村が自ら誇りうる価値として自然を認識し、改めて自然の豊かな恵みを活用して住民の生活の質を高め、都市住民との交流によって地域活性化を目指そうとするならば、これまでのような地域開発の方法に反省を加え、新たな自然との共生の道を探ることは、今後の町村行政にとって必要不可欠であるといえます。とくに、地域の環境を知り尽くした人々によって、環境保全が行われるという点で、町村に対する期待は大きく、その責任は重いと考えます。
 
 (2)資源を活用し元気産業を創出する

 

  農林漁業の維持・振興策は町村行政として重要な課題となっています。町村自治の仕組みと農林漁業の仕組みがしっかり結びつかなければ、農山村を維持していくことはできないからです。
  農林漁業が輸入品と競合し、就業者の高齢化等によって構造不況化が進展しているなかで、地域の活力を守るためには、町村が産業政策に積極的な関与をせざるをえない状況に至っています。そして実際に町村が積極的な内容のある関与を行っている地域では、めざましい成果を上げ始めています。
  成功しているケースを見ると、以下のような、さすがは町村だと思わせる創意工夫を行っています。
@ 地域の産業の将来に対する不安を行政と住民が共有し、対策を進めた
A 地域に元々ある資源や技術を有機的に結びつけ、新たな価値を吹き込んだ
B 個別産業だけでなく、他の産業をも巻き込んだ
C 歴史や生活文化まで取り込む総合的視点で地域独自の産業展開を考えた
D 地域の独自性を生かして大都市の市場や住民を相手にアピールする産業を展開している
  このようなきめ細かな目配りに基づく産業政策の担い手として、町村にかけられる期待と果たし得る役割は大きいといえます。また、いわゆる「顔が見える規模」の町村の産業であるからこそ、大都市の需要を開拓し、それに結びついた時に戻ってくる経済効果は大きいといえます。
  農山村の活力の低下は、若者が地域に少なくなったことにも起因しています。従来のような産業誘致による地域振興策は難しくなっており、総合的な視点で地域の資源やワザを組み合わせて、新しい産業を興すというような仕事であれば、若者が挑戦すべきフロンティアとしての可能性が十分にあります。さらに、こうして自らが主体的に開拓する仕事と、農山村の豊かな自然を活かした生活等を組み合わせて、自分の生活をデザインすることまで考えれば、農山村は、国際社会や大都市に勝るとも劣らない若者たちの新たな活躍の場になります。
 
 (3)小規模自治体の特性を発揮する
    集落の人たちが集まって協議し、地域の問題に対する対応や地域の将来を考えるところから、自治が始まります。このような自分たちの将来に関する自己決定権を地域に残す上で、小規模自治体が存続することが支えになる可能性が大きいと考えられるのです。
  また、悪循環に陥っている農山村の活力低下に歯止めをかけるためには、集落や時には個人に対してきめ細かい対策が必要です。こうした面を考えると、集落はもちろん、個人の顔まで認識することが可能な規模の町村であることのメリットは大きいのです。きめ細かい対策を、それだけ採りやすいからです。
  例えば、山間の狭い農地における作業環境を改善するため、国の基準に満たない規模の圃場整備事業を簡略化した方法で進め、工費も工期も大幅に節約するという効果を上げている例は、農家のために強い信念を持って事業を進める自治体の一つの好例であるということができます。
  農山村が活力を持つためには、地域のなかで住民一人ひとりが自分の生活を設計することが必要です。その力を高めるための人材開発事業を展開し、考えられた生活設計を活かすための助成を行なっている例もあります。農家の若い女性が生き生きと暮らすための知恵やワザを学ぶための海外研修事業や、現に生き生きと暮らしている人々を表彰する顕彰事業などがそれです。小さい町村であるから、研修の効果が住民の目に良く見え、また一人ひとりの活動のもたらす波及効果も大きいのです。

 

 

●3 町村には、どのような改革が求められているか ●

 

  自治体としての町村が存続することの意義は、町村が自立的に発展できるという可能性と表裏一体をなしています。町村が自立的に発展するためには、これからどのような改革が必要なのか、その方向性を考えてみます。
 
 (1)政策の優先順位を地域の手に取り戻す
    これまで、町村は自主財源に乏しく、事業を起こすに当たって、国、都道府県の補助金及び起債に依存せざるを得ず、資金確保の目途が立ったものから優先して事業を進めてきました。こういった事情から地域内のニーズに基づいて政策の優先順位を定めることは困難でした。
  しかし、町村の政策は、生活者としての住民の起点から、地域生活の質を高めることに重点を置くものであることが望まれます。とくに緊急性のある課題は何で、解決のためにはどの事業から手をつけるべきか。そのためにどの事業をあきらめなければならないかなどを、比較考量しながら適切な政策選択を行なっていくことが、基礎的自治体としての町村に課せられた責任であるはずです。このためにも、町村の自主財源の充実・強化が必要欠くべからざる要件です。
  また、この責任を果たす上では、地域を見渡すことができ、住民のニーズを丹念に捉えることが比較的に容易で、政策間の調整も図りやすいという点で、町村は優位な立場にあります。
 
 (2)地域活性化ビジョンをもち、政策を展開する
    地域活性化のためのビジョンは、地域の内から創られてしかるべきです。地域のことを最もよく知っているのは地域住民であるからです。時に地域外からの意見やアドバイスを採り入れながらも、地域の課題を知り地域の資源を確認し、夢を加えて地域のビジョンを創り上げるのは地域住民の義務であり権利であると考えます。これによってはじめて、全国画一的な政策展開ではなく、農山村の個性を活かす政策展開が可能となります。
  たとえば、「農」を業としてのみ捉えるのではなく、地域の文化や教育、福祉など多面的な機能を果たすものとして捉え、また地域の環境を守り育てる担い手として考える中から、地域の農業ビジョンを創り、それを目指して農業者はもとより農協等地域の産業団体、一般の住民とも連携して政策を展開することが可能なはずです。
  産業ビジョンに限らず、独自の環境ビジョン、教育ビジョンをもつことも大切です。町村行政は、総合性と計画性に基づいて、主体的に展開されてこそ、地域を全体として発展させていくことができます。
 
 (3)住民参画を拡充する
    町村では、「顔が見える規模」であるという利点を生かして、情報の共有と住民参画の徹底を図り、住民と行政の新しい協働システムを構築することが可能です。住民参画のシステムには、情報公開と行政の説明責務(アカウンタビリティ)が不可欠です。行政が個々の施策の意図を住民や外部に向けて説明し、責任の所在を明らかにすることは、民主的な町村行政の基礎です。このような考えかたは、従来の行政のやり方に変革をもたらす可能性があり、それだけに取り組みには困難も予想されますが、いまや避けて通れない方向といえます。
  新しい住民と行政の協働システムの構築を進めることにより、住民は行政に対する不満や要望ばかりを主張するという段階を乗り越え、自分たちでできることは自分でやるという体制ができていきます。
  住民参画に取り組む町村は、様々なコミュニティを大切にする姿勢を問われます。そこでは、集落などの地縁的コミュニティに限らず、むらづくり・まちづくりに関心をもつグループはもとより、環境問題、子育て、福祉、地域の歴史や文化、スポーツなど、様々なテーマ・コミュニティを含む地域の組織が、どのような問題意識や要望、活動の力をもっているかを把握し、それらを活かし、潜在力を引き出すようなシステムが必要です。最近、様々な分野で非営利の公共的活動を展開し始めた民間団体(NPO)との連携も、このような考えのもとに進めていくことが望まれます。
 
 (4)地域を拓く人材を育て活用する
 

  農山村地域における町村の中でも自立志向が強く活力を発揮している町村には、必ず地域における時と所の関係性を見抜き、適宜適時に有効な意思決定を行なっているリーダーが存在します。
そのような人材は、地域によって多様ですが、いずれにしても町村は一般的に小規模であるからこそ、人で動く可能性が大きく、また個人やグループによる工夫による波及効果が大きいといってよいと思います。地域を拓く人材を育て活用することの重要性は明らかです。
  農山村には人材が乏しいと言う人がいますが、現代社会において農山村に踏みとどまり、そこで生き抜こうとする気概を持つ人材は、かえって農山村のなかに比較的多く見出されるようになってきました。自然とのつき合い方を徹底的に学ぶことも、高齢化の状況を逆手にとって世代間の知恵の伝達を濃密に行なうこともできるのです。
高度に分業化された企業の中などでは果たし得ない、自分の力で何かを始めから終わりまでやり抜くという貴重な経験を積む機会も得られるでしょう。むしろ人材を育てる場として農山村は好条件をそなえています。
  もともと農山村における女性は、地域を支える活力源でした。しかし性別役割分担意識が強いなかで、男性を優位に扱う社会慣行が根強く行なわれてきました。今日、男女共同参画社会の実現にむけて、男女が対等な立場で、その個性を認め合いながら協力する時代を迎えています。こうした考えの下で男女が力を合わせて地域を担いうるような人材活用策が必要になっています。


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