町村からの提言
  
〜市町村合併と分権改革・三位一体改革について〜

 

                                平成15年12月  全国町村会

 

T.はじめに

 

 国土の約7割を占める農山漁村は、森林の水源涵養や食料供給など国民の生存を支える重要な役割を果たしています。その地域の経営主体として、町村は、困難な条件の下でも、国土を支え、文化の基層を支え、自然を活かし、新たな地域産業を創り出しています。その営みの中には、実に創造力に富んだ自立に向けた多くの地域づくりがあります。こうした町村の活動によって、空気、緑、水、土壌など生命の営みに不可欠な自然環境の維持も可能になっています。

 大地に根を張り、地域の資源を最大限に活用しながら暮らしてきた住民の営みをないがしろにするような改革は、いかなるものもその名に値しません。地域の多様性を認めず、自立と尊厳の精神を否定するような市町村再編は、わが国の将来に大きな禍根を残すと考えます。

 全国町村会は、市町村合併に関し、これまでも機会あるごとに、このような立場から意見を表明してきました(*)。第27次地方制度調査会の答申が出され、国が、現行の合併特例法に替わる合併新法を制定して平成174月以降も市町村合併を推進しようとしており、また折しも地方税財源の充実確保に関し、「三位一体」の改革が進められようとしているこの機会に、町村自治のゆくえに関し全国町村会の見解をまとめ、広く国民各界各層の皆さんに訴えたいと思います。

 

 (*)<全国町村会のこれまでの訴え>

 @ 「私たちは訴えます。21世紀の日本にとって、農山村が、なぜ、大切なのか

  ―揺るぎない国民的合意に向けて―」(平成137月)

 A「いま町村は訴える」(平成1411月)

 B「町村の訴え〜町村自治の確立と地域の創造力の発揮」

 

U.市町村合併について

 

1.基本的な考え方

 町村は、それぞれに歴史的な経緯、文化・風土や自然的・地理的条件等を異にしつつ、基礎自治体としてその役割を担ってきました。合併は、基礎自治体としての市町村の枠組みを変更し、これまでの地域のまとまりや個性的な地域づくり、さらには住民生活に密着した行政運営の将来に大きな影響を及ぼすものであり、住民自治の根幹にかかわっています。

 平成11年の合併特例法の改正以降、国が財政支援措置をテコに市町村合併を強力に推進する中で、全国の町村は、その存否にかかわる選択を迫られてきました。

 私たちは、決して、市町村合併そのものに反対しているわけではありません。現に、多くの町村が法定協議会等に参加し、真剣に検討・努力を重ねてきています。合併は、その地域に希望と喜びをもたらすようなものでなければなりません。そのためには、合併が、誰に強制されることなく、関係市町村の自主的な判断により進められることが何よりも重要なのです。

 町村の将来は、町村自らが、自らの責任のもとに自ら決定できるようにすべきなのです。

 そして私たちは、市町村は住民に最も身近な行政主体であり、合併をしたかしないかとか、人口規模が大きいか小さいかとかに関係なく、すべてを基礎自治体として位置づけるべきであると考えます。

 

2.財政問題と合

 私たちは、国・地方を通じる財政逼迫を十分承知しています。地方交付税の段階補正や事業費補正等の見直しについても一定の理解を示してきました。しかし、すでに実施された段階補正の見直しは、人口規模別の目安で見たとき、市町村合併が同時・並行的に進められていることもあって、町村の中には合併推進の「ムチ」と受け止めている向きが多いのが現状です。

 概して人口規模が小さい町村の財政においては、その歳入に占める地方交付税の割合が大きく、したがって小規模町村ほど段階補正の削減の影響は深刻なのです。

 しかも、「小規模な市町村に対する地方交付税の割増措置等の見直しを行う」(自由民主党・地方自治に関する検討プロジェクトチーム「今後の市町村合併の推進に関する基本的な考え方(修正案)」)という考え方が示されており、さらに、第27次地方制度調査会答申後の新聞報道の中には、「市町村合併の進度に応じ、例えば、地方交付税を削減するというムチを検討するのも、一つの考えだろう」というような主張もみられます。

 全国の町村には、離島や中山間地域など地理的な条件等により、合併による規模拡大のメリットが生じることのない町村や、合併したくても合併できない町村があり、このような町村に対し、合併しないことを理由に地方交付税により財政的なペナルティ措置を講ずるようなことは、地方交付税制度の趣旨そのものを逸脱しており、とうてい容認できるものではありません。

 

3.数値目標と合併

 私たちが憂慮しているのは、町村を対象として、根拠のあいまいな二つの「数字」が使われて合併推進が継続されようとしていることです。

 

(1)なぜ市町村の数が1000なのか

 平成12年(2000年)の衆議院議員選挙後、政権与党の行財政改革推進協議会が「市町村合併後の自治体数は1000を目標とする」ことを決め、政府は、この目標を踏まえる形で合併を推進しています。

 なぜ1000なのか、その根拠は明らかではありません。国が支援し、市町村が努力した結果としてある数になるのであって、根拠のない数字が目標にされることには納得がいきません。

 

(2)なぜ小規模市町村が人口1万人未満なのか

 平成1511月の第27次地方制度調査会の答申(以下、答申という)では、現行の合併特例法の失効後は、新法を制定し、一定期間さらに自主的な合併を促すため都道府県が市町村合併に関する構想を策定するとし、この構想には合併を行うことが期待される対象の一つとして「小規模市町村に係る合併」が定められるとしています。そして、小規模な市町村としては「おおむね1万人未満を目安とすることとするが、地理的条件や人口密度、経済事情のほか、現行合併特例法の下で合併を行った経緯についても考慮することが必要である」としています。

 小規模市町村の小規模を、「人口1万人未満」とすることに合理的な根拠があるとはとても思えません。私たちは、かねてから人口のみを基準として「小規模」と称するのは、空間の広がりをまったく考慮に入れない定義であり、小規模だから行財政能力がないときめつけてしまうのは、あまりにも町村の実態を無視するものだと主張してきました。答申の中で、合併に関して単に人口だけでなく地理的条件や人口密度等も考慮する必要があるとされたことは当然のことです。

 ただ私たちは、都道府県が策定する市町村合併に関する構想において、その目安になる人口規模として「1万人未満」を明示することには強く反対します。たとえ「目安」にしても、「おおむね」としようとも、「人口1万人未満」を明示すれば、実際には、該当町村は一人前の基礎自治体でないとみなされるという思いを持つのではないでしょうか。

 

4.合併と都道府県の関与 

 国は、合併新法では、合併特例債等のような財政支援措置をとらず、都道府県の関与を増強することにより平成17年4月以降もさらに市町村合併を推進しようとしています。この関与の増強は、関係市町村の自己決定権を著しく制約するだけでなく、都道府県と市町村間の対等・協力の関係を損なうものになりかねません。

 @ 都道府県知事が、合併協議会の設置や合併に関する勧告、合併のあっせん等を行うとしていますが、合併の個別ケースについて勧告やあっせんなどに乗り出すのは、都道府県の連絡調整機能を超えるものであり、分権時代の都道府県のあり方としては、あくまでも技術的助言や情報の提供等にとどめるべきです。

 A 都道府県知事が合併協議会の設置を勧告したとき、一定の場合には市町村長が合併協議会の設置について議会に付議するか、あるいは住民投票を行うこととする制度を設けることを検討するとしていますが、この制度導入は、合併を強制的なものにしかねず、合併新法に規定すべきではありません。

 

5.今後の市町村合併に関する要請

(1)合併新法について

 国は、現行の合併特例法の期限切れを一つの区切りとして合併推進を休止し、合併によって人口規模が拡大した市や町の行財政運営や地域経営の推移を見て、その合併の効果を検証することとすべきではないでしょうか。

 それでも国が合併新法を制定し、さらに市町村合併を進めるというのであれば、少なくとも次の点を十分考慮するよう強く求めます。

 @ 市町村を人口規模のいかんにかかわらず、基礎自治体として位置づけること。

 A 都道府県が合併構想を策定するにあたっては、関係市町村等の意見を十分聴くとと

  もに、単に人口だけでなく、地理的条件、人口密度、経済事情等、地域の実情を十分

  勘案するようにすること。

 B 都道県知事による合併協議会の設置勧告のような制度は導入すべきではなく、合併

  に関する都道府県の役割は、基本的には、技術的助言や情報の提供等にとどめるべき

  であること。

 C 合併をしない、合併ができないことを理由として、財政的にペナルティを課すよう

  な措置は絶対にとらないこと。

 

(2)市町村連合の構想について

 答申では、合併新法の下でも当面合併に至ることが客観的に困難である市町村に対しては、合併の進捗状況や市町村の具体的なニーズを踏まえ、基礎自治体のみによって構成される広域連合制度の充実等、広域連携の方策により対応することについて検討するとしています。

 このことについては、全国町村会が提案している「市町村連合」構想を正面から取り上げ、「検討」ではなく、法整備の準備に入るべきです。答申では、これを合併が困難な市町村に対する特別な方策と位置づけていますが、市町村連合は合併に替わるものとしてのみならず、一般的な広域行政手法として現行制度の不備を補い、行財政の効率化や地方分権の受け皿となることが期待できます。

 

(3)特例的団体の制度について

 合併が困難で小規模であっても地域の経営主体としてがんばっていこうとする町村は少なくありません。そうした町村に関し、通常の基礎自治体に法令上義務付けられた事務については窓口サービス等その一部のみを処理し、都道府県にそれ以外の事務の処理を義務付ける特例的団体の制度(事務配分特例制度)の導入を図ろうとすることは、基礎自治体としての町村の自治を否定するものであり、また都道府県の市町村化につながり地方分権の理念や行政改革にも反するものです。したがって、そのような制度の導入を検討するのではなく、町村が小さいながらも地域の実情に応じて行政運営ができるような事務・財政の新たな制度をこそ検討すべきです。

  

(4)地域自治組織制度の導入について

 国は、住民自治を強化する観点から、基礎自治体内の一定の区域を単位とし、地域自治組織を基礎自治体の判断で設置できることとするとしています。この制度が編入合併の際の受け皿という性格ももっていることは否定できませんが、合併後の基礎自治体の形としては、昭和の大合併の時もその後もなかった重要な提案であり、その一般的導入には基本的に賛成です。

 地域自治組織のタイプとして、行政区的なタイプ(法人格を有しない)と特別地方公共団体とするタイプ(法人格を有する)が示されていますが、どちらを選択するかは地域住民とその自治体が判断することとし、地域自治組織の具体的な内容については、法律の規定は最小限にとどめ、条例に委ねるべきです。

 私たちは、町村が、今後とも人口規模のいかんにかかわらず基礎自治体としての役割をできる限り自立的に果たすことができるように行財政基盤の充実強化を図る必要があり、国によって現在進められている行財政改革も、このような方向に沿って進められるべきだと考えます。

 

V.今後の分権改革と三位一体の改革について

 

1.分権改革の進め方について

 地方分権推進委員会の「最終報告」が明言したように、国の法令等(法律・政令・省令・告示)による事務の義務付け、事務事業の執行方法や執行体制に対する枠付けの緩和なしには分権改革は進みません。分権改革の推進をいうならば、国は、市町村合併に一区切りをつけ、税財源の充実強化とともに国による事務事業の規制を改革することに乗り出すべきです。これにより、それぞれの地域の実情と住民の意向に応じて、ある事務事業を実施するか、しないか、するとすればどの程度、またどのように行うかの選択を、できる限り市町村の自主的判断に委ねるようにすべきです。なぜそうすべきなのでしょうか。

 @ 国による事務の義務付けは従前通りに続け、しかも地方交付税の大幅な減額を行う    

  とすれば、町村は、義務的経費の縮減さえ図らなければならない事態に追い込まれま   

  す。そのような削減は理不尽です。

 A かりに国税から地方税への税源移譲によって自主財源である地方税収入を確保しえ

  たとしても、国からの国庫補助負担金や地方交付税などの依存財源が縮減され、しか

  も国による事務の義務付けは従前どおりに続くことになれば、地方税収入はこれ           

  をすべて国から義務付けられている事務の執行経費に充当せざるをえないことになり

  かねません。

 B 国の法令による事務の義務付け等を緩和するためには、地方交付税の基準財政需要

  額に算入されているナショナル・ミニマムを問い直すことになります。今日、人口の

  都市部偏在化、交通通信技術の飛躍的発展、未曾有の少子化の進行などへ創造的に適

  応していくためには、社会諸制度の組み直しが求められ、それにふさわしいナショナ

  ル・ミニマムの内容を再考する必要があります。

 C 町村としては、国民の財産である農山漁村地域の価値を維持し、形成していくのに

  必要な事務を新たなナショナル・ミニマムと認め、それを基準財政需要額に算入すべ

  きであると考えます。町村が人口に比べ広い面積を有し、国土保全等に重要な役割を

  果たしていることなどの実態を反映した財政需要の算定を行うべきです。

 D 国の法令による事務の義務付け等の緩和は、いかに困難であっても、この国のかた

  ちを再設計することですから、これに乗り出すことこそが分権改革の手順のはずです。

  町村合併を推進し続けている限り、この本来の分権改革に着手できないと言わざるを

  得ません。

 

2.三位一体の改革について

 私たちは、三位一体改革の関連における当面の地方税財政のあり方について以下のように考えます。

 第27次地方制度調査会の「当面の地方税財政のあり方についての意見」では、「この三位一体改革は、税源移譲、地方交付税の見直し、国庫補助負担金の廃止・縮減等の改革を同時並行で一体のものとして相互にバランスを図りながら行うことが必要である。」とした上で、「この改革に当たっては、離島、中山間地域等条件不利地域における財政力格差の適切な調整に留意することが必要である。」としています。財政力格差の調整をどうするかが具体的に示されておりませんが、課税客体の乏しい町村が、安定した財政運営を行っていくためには、地方交付税制度のもつ役割は一層重要になると考えます。

 

(1)地方交付税の財源調整機能及び財源保障機能について

 地方交付税制度の根幹は財源調整機能と財源保障機能です。最近、地方交付税を歳入調整中心の財源調整機能に純化すべきであるとか、財源保障機能自体を廃止すべきであるといった主張がなされています。しかし、これは基準財政需要額で維持してきた「合理的かつ妥当な行政水準」(ナショナル・ミニマム)の廃止を前提にしなければ成り立たない議論で暴論というべきです。特に、財源保障機能によって財政力の弱い自治体でも、地方交付税制度の普通交付税における基準財政需要額で決められた「ナショナル・ミニマム」を維持することが可能になっているからです。

 地方交付税は、国民がどこで暮らしていても、国で定めた一定水準の行政サービスを享受できるよう、必要最低限の財源を保障するもので、それによって地域社会の存立基盤を守ろうとするはずのものです。財源保障機能の堅持を前提にして、基準財政需要額の内容を時代に適応できるよう見直すことこそが重要であるはずです。

 

(2)地方税財源の充実強化について

 分権時代にふさわしい地方税財源の充実強化については、住民に最も身近な行政主体である市町村が、その役割をできる限り自立的に果たせるような方向で行われる必要があると考えます。そこで私たちは改めて、次の諸点を要請したいと思います。

 @ 自治体の歳出規模と地方税収との乖離を縮小し、住民の受益と負担の対応関係をで

  きる限り明確にできるようにすること。そのために国の基幹税を地方税へと移譲し、

  自治体の歳入に占める自主財源の割合を高め、自治体の財政運営における自己決定・

  自己責任を拡充すること。

 A 地方税源充実に伴う国の地方への移転的支出の削減は、まず国の関与の強い特定財

  源である国庫補助負担金を対象とすること。国庫補助負担金は真に必要なものに限定

  するとともに、その整理に当たっては単に地方への負担転嫁をもたらすようなことは

  絶対にしないこと。

 B 税源移譲の検討に当たっては、町村の大半が、人口や企業の集積等が少なく課税客  

  体そのものが乏しいことから、税源移譲の波及効果が十分に及ばないことが懸念され

  るので、このような町村の実情を十分配慮すること。また、財源移譲により不交付団

  体となる自治体との財政力格差を是正する措置を講ずること。

 C かりに国民の租税負担率を見直す場合には、国の機能を防衛・法務・外交などに限

  定し、地方のことは地方に任せていくために、地方税源への配分を重視すること。

 

 私たちは、国の財政と同様、自治体の財政も、年々、その深刻さの度合いを増していることを十分認識しています。そのため町村は身を削る行財政改革を行っています。もちろん、今後も無駄や非効率な施策・運営はないかどうかを厳しく点検し、必要な改革を断行していくつもりです。

 私たちは、農山漁村とそこで成り立つ町村の価値を都市の尺度で推し測ろうとする議論や、農山漁村と都市の利害の対立をことさら煽るような議論が行われていることを大変残念に思います。今一度、私たちが過去に提言し、訴えてきた声を思い出してください。

 

 農山漁村が衰退し滅んでいけば、都市は必ず滅んでいくのです。それを回避するための国策は、都市と農山漁村の共生と対流を実現していく制度と政策でなければならないと考えます。この点を改めて広く全国の皆さんに訴えたいと思います。