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北海道厚沢部町/「保育園留学」を通じた地域活性化・超長期的な関係人口創出の取組

印刷用ページを表示する 掲載日:2023年1月9日

保育園留学の舞台となる認定こども園「はぜる」

▲保育園留学の舞台となる認定こども園「はぜる」​​


北海道厚沢部町

3225号(2023年1月9日)
厚沢部町役場 政策推進課政策推進係長 木口 孝志

 


1.厚沢部町の概要

 北海道厚沢部町は、渡島半島の日本海側、檜山管内に位置し、三方を森林に囲まれ、清流厚沢部川をはじめとする河川流域には、水田や丘陵地帯に畑地が拓けた農林業を基幹産業とする町です。また、「メークイン発祥の地」として古くから農業の営みが続けられてきており、安全で安心な農産物づくりに取り組んでいます。

 厚沢部町では、平成21年に「過疎」を受け入れたうえで、魅力あるまちづくりを目指す「素敵な過疎のまちづくり」基本条例を制定し、誰もが厚沢部町に「住んで良かった」「住んでみたい」「いつまでも住み続けたい」と思える、安全で安心して暮らせる、個性豊かで活力に満ちたまちづくりに取り組んでいます。

「 はぜる」周辺。広大な敷地で大自然を感じなが ら思い切り遊ぶことができる

「 はぜる」周辺。広大な敷地で大自然を感じながら思い切り遊ぶことができる

2.保育園留学誕生まで

 厚沢部町では、全道のなかでも早い段階から、町が100%出資する「素敵な過疎づくり株式会社」を設立し「移住体験住宅」を活用した移住施策等を行い、人口増加に向けて外部からの人を受け入れる取組を進めてきました。

 また、子育て支援にも力を注ぎ、山々に囲まれた町の特色を活かし、大自然のなかで子どもがのびのびと生活できる認定こども園「はぜる」を平成31年に設立しました。「はぜる」は移住者や地域住民が集い多世代交流できる子育て支援拠点施設としてつくられており、町外の人でも短期間子どもを預けることが可能な「一時預かり」制度を設けていました。

 しかしながら、移住体験住宅を利用される方は高齢の方が多く、また、移住につながることもこれまではありませんでした。若い世代に利用していただき、移住施策につなげていくことが課題でもありました。

幅広いニーズに対応可能な2~3LDKの移住体験住宅

幅広いニーズに対応可能な2~3LDKの移住体験住宅

3.保育園留学誕生

 そうしたなか、現在保育園留学を官民連携で進める株式会社キッチハイクとイベントを実施したことをきっかけに、令和3年6月に会社の代表である山本氏から「はぜる」の写真を見て「1歳の娘をはぜるに通わせることができませんか」と問い合わせのメールが届きました。山本氏は横浜市在住ということもあり、正式な入園は広域入所の手続きなど事務的に大変なこともあるため、町から一時預かり制度の利用を提案しました。入居する住宅も移住体験住宅が空いていたことからそちらに決定しました。移住体験住宅にはWi-Fiも整備されており、ネット環境があればテレワークが可能とのことだったので仕事ができる環境も整えることができました。山本氏は厚沢部町に来るや自ら「保育園留学しています!」と自身のSNSで厚沢部町での滞在の様子をアップしてくれました。そうしたところ、「楽しそう!」「こんな制度があるのですか」「新しいワーケーションの形ですね」といった反響が多数届きました。山本氏が滞在の間、役場の担当者と保育園留学やまちづくりについて話す機会が多く、滞在最終日には、山本氏から保育園留学を事業化する企画書をいただきました。企画書の中身は、今まさに山本氏が体験している「はぜる」での一時預かり制度の活用と移住体験住宅の利用(1週間〜3週間)に加え、厚沢部町での生活体験(農作物の収穫体験など)をパッケージ化し「保育園留学」とすることで、わかりやすく、またインパクトを持った事業とすることができるのではという内容でした。山本氏の体験が「保育園留学第0号」として、保育園留学誕生の瞬間でもありました。

町政策推進課政策推進係長・木口(左)と株式 会社キッチハイク代表取締役CEO・山本氏(右)  テレワーク可能な移住交流センター  

町政策推進課政策推進係長・木口(左)と株式会社キッチハイク代表取締役CEO・山本氏(右)
テレワーク可能な移住交流センター​ ​     ​          ​

地元の木材をふんだんに使用し木のぬくもりを感じられる園  3歳未満児用の園庭(子どもの年齢に合わせた環境設定)​ ​  

地元の木材をふんだんに使用し木のぬくもりを感じられる園
3歳未満児用の園庭(子どもの年齢に合わせた環境設定)​ ​     ​

 その後、事業化に向けて株式会社キッチハイクとの協議に加え、庁内での調整や「はぜる」の先生たちとの打ち合わせ、また、移住体験住宅の指定管理を行う素敵な過疎づくり株式会社との打ち合わせを重ねました。令和3年10月に保育園留学の取組を全国にPRすることを目的にクラウドファンディングを実施し、目標額30万円に対して支援者数105人から155万千円の支援をいただくことができました(達成率517%)。

 また、保育園留学のポータルサイト作成も進め、クラウドファンディング終了と同時にポータルサイトにて令和3年11月から正式に保育園留学の募集を開始しました。令和3年11月から令和4年3月までの間に3組のご家族が保育園留学を体験してくれました。

3歳以上児用の園庭(自然のなかのびのびと遊ぶこ とができる環境)  アスパラガスの収獲体験の様子  

3歳以上児用の園庭(自然のなかのびのびと遊ぶことができる環境)
アスパラガスの収獲体験の様子​ ​     ​

4.官民連携協定書を締結

 令和4年4月からは、厚沢部町と株式会社キッチハイクによる『次の100年を創造する地域の家族とつながりをつくる「保育園留学」事業』を推進するため官民連携による協定書を締結し、内閣府による地方創生推進交付金を活用し事業を正式にスタートさせました。

5.令和4年度の保育園留学

 令和3年の事業開始直後より多くの問い合わせやメディアによる取材等もあったことから、令和4年度の申し込みを開始したところ1ヶ月の間に100件を超える申込がありました。その後も問い合わせと申込の件数は増え続け、結果的に令和4年度の利用見込み件数は140件、問い合わせ件数は1、200件以上で、キャンセル待ちも100件を超えるほどになりました。

 既に100家族が保育園留学を体験していますが、特徴的なのはリピート希望率の高さです。実に、90%以上の方がリピートを希望している状況です。4月に利用し、既に2回目の保育園留学を体験しているご家族もいます。この満足度の高さは何かというと、「はぜる」による子育て環境の充実と情熱的な先生たちの存在がとても大きいと感じています。保育園留学に来られる前は、建物や園庭などハード面に惹かれて来られる方が多くいらっしゃいます。しかし、実際に来られてみると先生たちの子どもたちへ向き合う姿勢や、子どもだけではなく保護者も一緒に受け入れる姿勢に心打たれる保護者が非常に多いのではないかと思います。実際に利用された多くの保護者からは、「ハード面の素晴らしさはもちろんのこと、ソフト面が素晴らしい」という声を多数聞くと同時に、子どものために保育園留学をしたはずが、先生たちの子どもに向き合う姿勢から、「親としての子どもへの向き合い方を考えることができた」という声も聞かれています。また、キッズリー(保育アプリ)によりその日の子どもの様子を写真で見ることができ、子どもの楽しそうな様子が伝わり安心して子どもを預けられている充実感も相まって仕事の生産性が上がったという声も聞かれています。

6.子どもたちへの影響

 保育園留学の子どもたちへの影響を考えたとき、都会等から来られる子どもだけにフォーカスが当たり、広々とした園庭で走り回れることや、自然に触れ心豊かな体験ができることが良い経験と考えられます。しかし、いざ保育園留学を始めてみると在園児にとっても、刺激的な経験になっていることがわかりました。例えば、東京から来ること、飛行機で北海道に来ること、数十階のマンションに住んでいること等、今の自分たちとは全く違う環境の子どもと触れ合うことで、子どもたちの興味や好奇心が増しコミュニケーション能力の向上にもつながっています。また、保育園留学児が帰るときの涙のお別れと、次の週にはまた新たな出会いの喜びを幼少期から体験することは、心の成長にもつながっています。

7.新たに始まった取組

①旅先納税

 保育園留学を進めるなかで事業の継続性をどのように持ち続けるかということは重要な課題になってきます。ふるさと納税を活用することは課題解決の1つの方法ではありますが、厚沢部町では、旅先で寄附を行うふるさと納税を株式会社ギフティと連携し導入しました。これは旅先でスマートフォンによりふるさと納税することで、その場でスマートフォンに旅先の加盟店で使用することができる電子クーポンが付与されるものです。寄附額は町の収入となる一方で、返礼品についても地元で使える電子クーポンのため、地元にお金が落ちる仕組みになります。そうすることで、事業の継続性が生まれると共に、町全体で経済の循環が生まれ、より保育園留学の推進につながることになります。

②キッズドクター

 保育園留学など慣れない土地に来ると、どうしても体調を悪くしてしまうお子さんもいます。そんなときに慣れない土地で慣れない病院へ行くのも大変です。しかも大きな病院へ行くとなると車で時間をかけて移動しなければなりません。そういった課題を解決するためにオンライン診療(キッズドクター)を導入しました。スマートフォンのアプリで利用することが可能であり、無料のチャット相談とオンライン診療があります。オンライン診療はビデオ通話で診療し処方箋が地元の薬局に出ることになります。キッズドクターは夜間及び休日等の利用に限られますが、夜間受診することで、翌日に地元の薬局へ薬を受け取りに行くことができます。また、このキッズドクターは保育園留学の子ども限定のサービスではなく、厚沢部町内の子どもも利用することができることから、過疎地における医療課題の解決の1つになるものと考えています。

旅先納税  キッズドクター  

旅先納税                  
キッズドクター​ ​     ​

8.課題とこれからの保育園留学

 課題としては、受け入れ住宅の不足です。現在、町所有の移住体験住宅3棟4戸と民間住宅2棟2戸により最大6家族の受け入れが可能となっております。しかし、未だキャンセル待ちが100件ほどある状況を考えれば、受け入れ住宅の拡充は必要不可欠となります。新築による移住体験住宅を増やすことも可能かもしれませんが、それでは町の本質的な課題解決にはつながらないと思っています。過疎地における空き家問題は深刻であり、今後は空き家をいかに有効活用できるかが重要となってきます。保育園留学の需要と空き家の居住としてのマッチングが図れることで、この保育園留学が過疎地における課題解決に向かうロールモデルになるものと考えています。

 それでも移住というのは簡単ではありません。たしかに保育園留学から移住してくださる家族がいることは町にとって大きなことですが、必ずしも「移住」がすべての解ではないとも思っています。保育園留学により年間を通して利用家族がいることは、すなわち厚沢部町で人は変われど確実に生活している子育て家族がいることになります。住民票はなくとも、そこで生活することは町の活性化につながります。そうした家族が1組、2組と増えていくことで、直接的な移住者ではなくても、もはや移住と同じ意味をなす関係人口になるのではないかと考えます。

 今後も全国のたくさんの方に「はぜる」での保育園留学を体験していただき、子育ての充実と厚沢部町との超長期的な関係人口を創出していきたいと思います。

厚沢部町役場
政策推進課政策推進係長 木口 孝志