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山口県周防大島町/周防大島町には理想の島暮らしがある~「ひと」や「しごと」の流れを定住につなげる~

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年3月11日

嵩山からの展望

嵩山からの展望


山口県周防大島町

3073号(2019年3月11日)  周防大島町長 椎木 巧


周防大島町の概要

周防大島町は、本州の最西端山口県の東南部に位置し、瀬戸内海では淡路島、小豆島についで3番目に大きな島です。大畠瀬戸を渡る大島大橋(全長1、020m)によって本土と連結しており、最寄のJR大畠駅までは車で5分と、日本一鉄道の駅に近い島です。

年間平均気温は15.7℃と年間を通じて比較的温暖であり、島の海岸道路から望む、穏やかな瀬戸内海に浮かぶ多島美や白い砂浜、四季の彩り豊かな自然が心を癒してくれます。

特産のミカンは、町が山口県の生産量の80%を占めており、様々な品種を栽培することにより9月から翌年の6月まで出荷することが可能となっています。

大島ミカン「島そだち」

大島ミカン「島そだち」

2004年(平成16年)10月1日に「島を想う心は一つ」を合言葉に島内の4町が合併し、周防大島町が誕生しました。

合併時には2万人を超えていた人口も、現在では1万6千人まで減少し、高齢化率も53%を超えており、少子化対策と人口減少の抑制が重要な課題となっています。

このような状況の中、町では交流人口を増やし、交流から定住へとつなげる地方創生の取組を進めています。

瀬戸内のハワイ

周防大島は、瀬戸内のハワイといわれていますが、その所以は、温暖な気候に加え、明治の官約移民の歴史にあります。明治18年から27年までの10年間に官約移民として日本から約3万人がハワイに渡りましたが、その内3、913人が周防大島から渡航しています。その後も移民が禁止される明治後半までに周防大島からは多くの者がハワイに渡航しており、契約の終了とともに日本に帰ってきた者もいますが、多くが移民としてハワイに残り、今日のハワイ日系社会の礎を築いています。

そのような歴史背景があり、1963年(昭和38年)6月22日に、人口も風景も、また人情豊かなことも周防大島に類似しているハワイ州カウアイ島と姉妹島協定を締結し、以来半世紀以上もの交流を続けています。

1986年(昭和61年)に始まったアロハシャツを役場の夏の制服とするアロハキャンペーンは、当初こそ派手なアロハシャツを着た役場職員に少々驚きもあったようですが、今ではあたりまえになっており、島内の銀行・郵便局・農協・観光施設等の職員もアロハシャツを着用し周防大島の夏を彩ります。

ハワイを代表するフラダンスですが、夏場の土曜日に行われるサタデーフラダンス、略して「サタフラ」が、今では周防大島町の夏の風物詩となっています。シーズン中、延べ130組、3、500人ものフラガールが遠く県外からも参加されています。カウアイ島をモチーフとした宿泊滞在施設「グリーンステイながうら」、道の駅「サザンセトとうわ」など町内4会場で、砂浜や芝生をステージにして華やかなフラドレス、フラTシャツに身を包むと、老いも若きもアロハな気分になります。

参加者の方々からは、「シーサイドドライブを兼ねて瀬戸内のハワイのフライベントに参加するのを楽しみにしている」という評価をいただいています。

サタデーフラダンス

サタデーフラダンス

ニホンアワサンゴを育む海

周防大島の南東部の白木半島沖で日本最大規模のニホンアワサンゴの群生地(2、000㎡、4万個体以上)が発見されました。これだけの規模の群生地は国内では他に類を見ないそうです。ニホンアワサンゴは東南アジアの固有種で、日本、韓国、中国に生息する温帯性サンゴです。

日本では、鹿児島県種子島から千葉県房総半島までの太平洋側と、長崎県から島根県の日本海側に生息しています。個体は丸い骨格とそこから伸びた多くのポリプでできており、ポリプの先には手のひらを広げたような形の触手があります。さらにこの海域にはクロメやホンダワラ類の海藻群落及び多くの魚種、サンゴ類が確認されるなど優れた海中景観を有しています。

この貴重な海中景観を保護するため、2013年(平成25年)2月28日にニホンアワサンゴの群生地を含む56・4haの海域が、瀬戸内海では初めてとなる「海域公園地区」に指定されました。

ニホンアワサンゴについて学ぶエコツアー等も実施されており、ニホンアワサンゴを周防大島の大切な財産として「守る・広める・学ぶ・活かす」取組と、推進拠点となる施設の整備を進めています。

ニホンアワサンゴ

ニホンアワサンゴ

交流人口の拡大に向けて~体験型修学旅行の誘致~

広島、山口の瀬戸内海沿岸地域における代表的な修学旅行として、広島での平和学習や宮島での世界遺産めぐりがありますが、周防大島町では2008年(平成20年)から、これらのコースと組み合わせた民泊体験型修学旅行を誘致しています。昨年度は、東京、神奈川、埼玉、京都、奈良、大阪の中学、高校30校の修学旅行生、計4千名あまりを受け入れています。この民泊型体験修学旅行では、民家に3~4名のグループで宿泊(ホームステイ)することにより、民泊先の農業や漁業などの家業を体験するだけではなく、素朴で温かい人情のある島暮らしを体験することができます。

民泊の受け入れには手間も時間もかかりますが、本物の体験から得る新鮮な感動と貴重な体験を都会の子ども達に与えるばかりではなく、高齢者の多い受け入れ家庭にとっても生きがいとなっています。また、子ども達にとっても民泊での体験は忘れがたいものとなっているようで、大学生や社会人となり、友人を誘い再び周防大島町を訪れてくれるということもあります。

民泊受け入れ家庭の高齢化も進んでおり、受け入れを続けることが困難となる家庭も出てきていますが、本町に都会から移住される方が増えており、そうした方々が新たに受け入れ家庭となってくれています。

年間80万人台であった観光交流人口は、夏場の海水浴やオートキャンプに加え、サタフラや体験交流型観光が起爆剤となり、2016年(平成28年)に100万人を達成しました。今後は、町の基幹産業である農業や漁業などの1次産業と観光交流を結びつけた更なる賑わいをつくります。

獲った魚で夕食づくり

獲った魚で夕食づくり

交流から定住へ~定住促進協議会の設立~

交流人口を定住人口に繋げようと、2012年(平成24年)に町内の経済団体と共に周防大島町定住促進協議会を設立しました。移住先の候補に挙げてもらうには、まず周防大島町を知ってもらわなければなりませんが、周防大島の知名度は低く、伊豆の大島、奄美大島は知っていても周防大島の名前はなかなか出てこないのが現実です。

知名度UPのため、全国で開催される年間15カ所の移住フェアへの参加、年3回の移住体験ツアー「島時々半島ツアー」の開催、お試し住居、空き家バンク等に取り組んできました。

「島時々半島ツアー」では、移住希望者をお客様扱いはしません。観光名所めぐりは一切せずに、実際に生活していく上で大切となる「島の医療の実情紹介」、「島での買い物」、「先輩移住者との交流」や、ファイナンシャルプランナーによる「島の家計講座」がメインとなっています。

平成27年の「全国移住ナビ」プロモーション動画コンテストで総務大臣賞をいただいたことや、「民泊体験型修学旅行」、「サタフラ」などの取組で少しずつ町の知名度も上がり、「瀬戸内海」の魅力に惹かれ移住相談に訪れる方も増加しています。

周防大島町では、正確な移住者の数は把握していません。これは、「数字を追いかけない」、「もてなさない」、「補助金を出さない」という定住促進協議会の方針に基づくものですが、定住促進協議会を通じて移住された方は、平成24年度から29年度までの間に67世帯174名となっています。

行政とは別に先輩移住者が新たな移住者を支援する活動ともあいまって、移住者が移住者を呼び込む動きが広がっています。また、移住者が起業する事例も増えてきており、島の1次産業の産品を加工し販売まで手掛ける6次産業化への取組が盛んになっています。

移住者数の推移

移住者数の推移

移住者による6次産業(島の柑橘を使ったジャム・マーマレード 年間170種類)

移住者による6次産業(島の柑橘を使ったジャム・マーマレード 年間170種類)

雇用の場の創設~チャレンジショップ等~

新たに起業を目指す方を支援するため、「道の駅サザンセトとうわ」に、2011年(平成23年)にチャレンジショップ5店舗をオープンしました。このチャレンジショップは、安価な賃料で3年間(最長6年間)、集客力のある道の駅で起業に向けたノウハウを習得することができますので、出店者の中から町内で起業をする方も出てきています。チャレンジショップは、観光拠点の更なる交流とにぎわいの場にもなっています。

また、町内での就業の機会を増やし移住を促進するため、山口県と連携してICT関連企業等のサテライトオフィスの誘致に取り組んできました。2011年(平成23年)の地上デジタルテレビ放送の開始に伴う難視区域の解消のため、町内全域に整備したケーブルTVの光ファイバー網によって高速通信が可能になったことにより、廃校や古民家を活用して、これまで2つの企業がサテライトオフィスを開設しています。

道の駅に併設されたチャレンジショップ 

道の駅に併設されたチャレンジショップ

住環境の整備~若者定住促進住宅用地等~

人口減少と少子高齢化が進展する中で、町の活力やコミュニティを維持するためには、子育て世代の定住が不可欠です。しかし、町内には空き家は多くとも空き家バンクへ登録していただける物件は少なく、また、若者世帯が住宅を建築できるような用地も少ないのが現状です。

若者世帯の転出の抑制及び転入の促進を図るために、一次産業や観光業に従事する若者世帯が多い地区に、未活用の町有地(庁舎跡地)を活用し「若者定住促進住宅用地」5区画を本年度整備しました。1区画の面積は約100坪で、若者世帯が利用しやすい安価な貸付料とし、10年間住み続けた後は無償譲渡することにしています。

また、子育て世帯の定住を促進するため、本土への通勤・通学に利便性のある大島大橋の近隣地区に、子育てが終了するまで安価な賃貸料で住み続けることができる「子育て定住促進住宅」を建設中です。

若者定住促進住宅用地

若者定住促進住宅用地

誰もが主役になれる町へ

2018年(平成30年)は色々なニュースで周防大島町が全国に知られる年になりました。

お盆には、スーパーボランティアがやってきて、あっという間に行方不明の男児を発見し、9月には、大阪の警察署から脱走した逃走犯がやってきて、あまりにも居心地が良かったのか、道の駅や温泉施設などで1週間以上も滞在しました。10月22日未明には、高さ40mの外国船籍の貨物船がやってきて、島民唯一の交通手段である高さ30mの大島大橋に衝突するという、通常では考えられない事故が起こりました。

この事故により、大島大橋に添架されている水道送水管と通信ケーブルが破断し、橋自体も大きな損傷を受けました。橋の通行もままならず、風速が5mを超えると全面通行止めとなり、また、全島での断水が40日間も続き、町民は不便な生活を強いられ、島の経済は大打撃を受けました。

この間、他の市町からの給水応援や温浴施設の無料開放などの温かいご支援をいただき、地域においても井戸水の提供やお風呂の貸し借りなどの助け合い・支え合いが行われました。

現在は大島大橋も水道も応急復旧され日常の生活を取り戻しつつありますが、大きな混乱もなくこの難局を乗り越えられたのも、過疎地域ならではの住民の絆があったからではないかと思います。

大島大橋貨物船衝突事故で激減した観光のお客様を呼び戻すべく、良いことで周防大島町の知名度が上がるよう、瀬戸内の魅力と人情を観光資源として、「ひと」や「しごと」の流れを定住に繋げ、「誰もが主役になれる町」づくりに取り組んでまいります。

アロハな周防大島町に是非お越しください。

大島大橋損傷の全景

大島大橋損傷の全景