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「老いても安心して暮らせるまち、 若人に夢と希望が持てるまち」をめざして

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年5月23日

「老いても安心して暮らせるまち、
若人に夢と希望が持てるまち」をめざして

熊本県錦町長 森本 完一

私が住む錦町は、県庁所在地の熊本市から100㎞ほど離れた県南部に位置し、標高1,721mの市房山に代表される山々に囲まれた盆地で、宮崎県および鹿児島県との県境にあり、この中央部を日本三大急流のひとつ、 清流球磨川が八代海へと注いでいます。

盆地は、隣接する人吉市を中心市とした1市4町5村の自治体からなり、総人口88,848人(H27国調)が暮らし、農業を主たる産業とする地域でありますが、昨年4月24日、 文部科学大臣より「相良(さがら)700年が生んだ保守と進取の文化~日本でもっとも豊かな隠れ里―人吉球磨~」と日本遺産の認定を受けた歴史と文化が薫る地域でもあります。

また、コメを原料とした「球磨(くま)焼酎」は500年以上の歴史があり、WTOのTRIPS協定から、地理的表示の保護を受けていて焼酎文化も色濃く残っております。

錦町はこの盆地の中ほどに位置し、昭和30年に3村が合併し、昨年7月合併60周年を迎えました。今回(H27年)国調では10,774人、面積84k㎡、 林野率58%の農業(米・梨・桃・畜産)を基幹産業とした町でありますが、企業誘致による就業者も多いことから一次・二次・三次産業のバランスのとれた町であるとも言えます。

合併当時の人口は14,724人、今回の国調結果と比較すると60年間に約4,000人が減少していることになりますが、合併から昭和50年までに10,340人に落ち込み、それから平成7年にかけ12,095人と盛り返し、 微増減しながら平成12年からは現在まで減少し続けています。昭和50年から平成7年までの間、人口増が果たされた大きな原因は、 7社の企業が立地し働く場が増えたことにより約1,500人の雇用が図られたことにあります。しかし、そのことが、平成2年の国調において、過疎指定要件外(現在も継続)となり、 有利な過疎債利用が出来なくなったことから、逆に財政運営が厳しくなり、平成19年度中においては、財政調整基金2,500万円と完全に底をつく結果となりました。

私は、平成19年4月の統一選で初当選し現在3期目になりますが、初当選前年度の経常収支比率が100.3の数値を示す通り余裕はなく、住民に理解を求めつつ、自らの給料はもちろん、 議員報酬や職員給料など考えられるすべての分野で経費削減に努めた結果、平成26年度決算の財政指標は他自治体より下位にありますが、少し改善してきました。

国は、私たちのような人口1万人程度の自主財源も乏しい、小さな自治体の地域指定要件は、緩和することや地方交付税等に配慮すべきであると強く思います。

ところで、昨年厚労省が発表した錦町の合計特殊出生率は2.08人、全国第13位、熊本県下ナンバーワンでありました。要因は緑豊かな自然が残っている、地域とのコミュニケーションがとれている、不妊治療費の助成、 病児病後児保育、学童放課後保育、中学3年生までの医療費の無料化、保育料の軽減、子宝祝い金制度、小学5・6年生および中学全生徒に対して、1人1台のICTタブレットの貸与などが挙げられますが、 28年度から、さらに、子宝祝い金制度の拡充(第1・2子10万円、3子15万円、4子20万円、5子25万円)を図り、子育て支援をしていくこととしています。

一方、高齢化率は27%、熊本県下45市町村の中で低い順位にありますが、平成37年には35%になると推定しており、高齢者世帯や一人暮らしが増加していくことから、乗り合いタクシー、 移動販売車による買い物支援、地域の縁側など、高齢者がその地域において安心して暮らし続けることが出来るように対応しているところです。

これまでも都市部への過度な人口移動をいかに防ぐか、また過疎化の進行をいかに止めるか、私たちの町(地方)は、様々な政策を展開し住民の福祉の向上を図り、住みよい町づくりに邁進していますが、 地域の活性化には、やはり働く場所・雇用の確保が一番であります。国には、地方の厳しい現実を捉え、格差が拡大しない政策を願いたいものです。