全国町村会

研究所誘致への道
〜戦略と戦術〜

神奈川県開成町

2622号(2007年11月26日)
町長露木順一

人材こそ命

私が町長に就任しましたのは、平成10年(1998年)です。42歳でした。町役場という組織に飛び込んで最初に感じたのは、思った以上に優秀な人材がいるということでした。町役場といいますと、ぬるま湯という先入観にとらわれていました。その曇った眼に、やる気のある若い世代の職員が新鮮に映りました。彼らは、年功序列の壁でなかなか頭角を出せないでいました。一挙にこの壁は崩せません。まず、ナンバー2の助役には、民間企業の総務部長を務めた方に就任してもらいました。外部の風を入れるとともに、私が、年が若いので、役場内の年齢の高い方々に対する防波堤になってもらおうという狙いです。 2期目は、役場の内部から登用しました。若手を登用するためには、内部の人事を流動化させなくてはなりません。そして、優秀な若手の登用を行いました。とにかく、小さな町にとって、生命線は、人材です。小さな町こそ優秀な人材が必要です。

駅から見た町の風景駅から見た町の風景

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らしさ

とにかく開成町の名前を有名にしようとしました。小さな町ですので色々なことに手を出すだけの余裕はありません。かつての学生運動のスローガン“一転突破、全面展開”です。町の花、あじさいに徹底してこだわりました。マスコミを活用して東京や横浜など大都市の方々に田園に広がるあじさいの景観を知ってもらうことに努めました。水田のあぜ道にいっせいに植わっているあじさいの景観は、開成町だけにしかありません。この独自性が大切です。金太郎飴みたいな町を創っても、意味はありません。「らしさ」にこだわりました。

毎年6月に開催されるあじさいまつり

あじさいまつり

開成町は、面積が、6.56平方キロ。神奈川県で一番狭い町です。でも、平らです。この特色を活かして自転車の町を目指そうという試みもスタートさせました。

平成12年、建設省(現在の国土交通省)からモデル都市の指定を受けることができました。ただ、その後の、事業は、中途半端でした。補助は不十分で掛け声倒れでした。しかし、自転車の町づくりへ挑戦しているという好印象は、残りました。

歴史と文化の拠点づくりもこだわりました。代々名主を務めていられた瀬戸家から土地と建物全てを町に寄付していただけるいうまれに見るご好意がありました。かやぶき屋根の屋敷の広さは、1,800坪です。改修には、4億円以上かかりましたが、無借金でやりました。国と県から補助を取り付け、町の負担を40パーセント程度に抑えました。文化財ですが、自由自在に利用してもらうのを基本方針にしました。2005年(平成17年)オープンしました。人気です。

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飲水資源(いんすいしげん)

現在、開成町は、人口が急増しています。私が町長に就任した9年前は、12,800人。今、16,000人。人口増加率は、県でトップクラスです。神奈川県でも小さな町村は、人口が減り始めている中で目立っています。緑豊かな環境が残っている一方で、開発が進み便利でもあるという町の魅力が人口増の最大の要因だと思っています。一言で言えば、「便利な田舎」です。こうした町づくりは、一朝一夕には行きませんでした。「土地区画整理事業」といって、土地利用がしやすいように道路などを計画的に配置して開発を進める事業を歴代の町政で取り組んできました。この結果、長年の悲願でありました小田急線・開成駅の開設にこぎつけました。駅周辺を中心に整然とした町並みを用意することができました。こうした土地が絡む事業の推進は、非常に難しい面があります。地権者の説得が大変です。中国に水を飲む時は井戸を掘った人を思えという言葉があります。飲水思源(いんすいしげん)、この言葉通り、計画に沿って、ぶれることなく町づくりを進めてこられた先輩世代の皆さんに深く感謝しなくてはなりません。

駅前の街並み駅前の街並み

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うれしい悲鳴

人口増に伴って対処しなくてはならない課題もあります。最大の課題は、児童・生徒数の増加にどう対処するかです。小学校の児童数は1,000人を突破しました。学校の用地は、開発がこれから進む地域に既に用意してありました。これも、先輩のおかげです新たな学校を造るにあたっては、思い切って、現在ある学校を低学年専用にして、新しい学校を高学年にして開成町にしか出来ない特色ある学校を創ろうと提案しました。素晴らしい案だと思ったのですが、父兄から、反発が強く、方針転換しました。 新設小学校は、平成22年4月開校を目指しています。また、周辺の開発事業と一体で進めますので学校の周辺は、緑豊かな公園となります。小学校を街づくりの中核に据えるという考え方、開発をめぐる新たな発想だと思っています。教育に関心を寄せる人々の定住を促すはずだと期待しています。

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自立への模索

国と地方の役割分担の見直しによって私たち市町村の仕事量は、福祉分野を中心に増える一方です。でも財源は、増えません。税収源となる先端企業の誘致しかありません。狭い町ですので、広大な敷地が必要な製造工場の誘致はできません。環境にも配慮すると最先端企業の研究所が最も望ましいことは言うまでもありません。既存の研究所が町内にある富士フイルムの新研究所誘致一本に絞込みました。町長2期目に入った平成14年頃から動き出しました。開成町が特色のある町づくりを進めていることが、徐々に知られてきたタイミングでした。一挙にトップに当たりました。当時の富士フイルムは、超ベテランの強力な経営者が全てを取り仕切っていました。トップを口説き落とそうとしました。ちょうど、デジタル時代が進み、写真フィルムの時代にかげりが見えていました。次の製品を世に送り出すため、研究開発投資を考える時期でした。1年余り過ぎた頃から、行けそうだという感じをつかみました。 ところが、今度は、富士フイルム側にアッと驚く社長交代劇がありました。現社長の古森重隆氏が全ての実権を握りました。研究所誘致が振り出しに戻るかと冷や汗をかきました。厳しい条件がつきました。企業は、スピードを求めます。国や県の許認可を1年で済ませて欲しいというのです。無理難題だと感じましたが、激烈な競争にさらされている国際先端企業にとっては、当然の要求です。松沢成文(しげふみ)神奈川県知事の決断で、手続きが進みました。工事も猛スピードです。若手の職員が夢中で取り組みました。徐々に登用を進めてきた効果が現れました。その結果、富士フイルムグループの新たな研究開発拠点、「先進研究所」の誘致に成功しました。平成18年4月12日に開所しました。総投資額は、460億円に上ります。既に1,000人以上の研究員が勤務しています。

富士フイルム先端コア技術研究所富士フイルム先端コア技術研究所

開成町の他にも競合相手はいました。土地の値段が全く比べ物にならず苦労しました。開成町では、工場用地でも坪20万円近くしますが、競合相手の地域は、非常に安い価格で打診をしていました。 結果的には、坪10万円で、富士フイルムに売り渡しました。また研究所周辺には公園を町のほうで造成し、環境にも配慮しました。整備に、14億6千万円かかり、売却代金が、8億9千万円ですので、5億7千万円の赤字です。これは、税収が増え、穴埋めできると判断しました。実際に、そうなっています。また、開成町を選択された大きな理由の一つに、神奈川県が企業誘致促進の目玉として、大胆な助成策を実施し、70億円に上る補助があることも見逃せません。

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その後

開所式で私は、「先進研究所」のシンボルが、知恵を象徴する“ふくろう”であることを捉えて「先進研究所のふくろうは目つきが鋭く、誰かに似ています。そうです。古森社長にそっくりです。ふくろうは夜飛び回ります。社長に一日中見張られているようなものです。嫌になったら、外に出てください。研究員の皆さんがほっとする様な空間を創るのが町の役目です。富士フイルムから税金がたくさん入ったら進めます。」こんなあいさつをしました。古森社長は、苦笑いしていました。19年度は、少なくとも2億円程度、増収になります。国からの地方交付税をいただかなくて済むことになりました。

研究所の職員は、若い方が多く、会社では、独身寮を隣の市に急きょ建てました。いずれ結婚されます。どこに住まわれるかが競争です。開成町の計画的な町づくりが強みになります。快適な環境の小学校が中心になっている新しい住宅地域もありますし、あじさいの里の近くに静かな住宅地も用意されています。そこから自転車で通勤されたらいかがでしょうか、と売り込もうと考えています。固定資産税と法人税だけでなく、是非、住民税も開成町に落としていただきたいです。

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最後に

今年、9月7日、台風9号が小田原に上陸しました。開成町も直撃を受けました。足柄平野を流れる酒匂川は、記録的な豪雨のため一挙に増水しました。十文字橋という古い橋が落ちました。国、県は、直ちに支援に動いてくれました。来年8月の復旧を目指しています。ただ、災害という町づくりにとって根幹をなす出来事に遭遇して、自分たちの手で復旧しようという発想は湧いてきませんでした。国・県にすがろうと直ちに思い立って行動に移りました。果たしてこれで良いのだろうかとじくじたる思いが残っています。 自分たちに権限と財源があれば、違った対応ができたのではないかと思えてなりません。地方分権時代といわれながら、依然として、町村は、国・県の動向に左右されながら漂っています。この構造を放置して良いはずがありません。私たち町村の側が、自立する気概を持ち立ち向かう必要があります。出来ることはやって見せるという気持ちが基本だと思います。その結果として、広域合併が必要という方向が導き出されてこそ、真の市町村合併が実現でき、力強い地域が実現できます。

夢があります。開成町は、小さな二つの村が合併してできました。町の名前は、明治からある小学校の名前をとりました。「開成」という名前は、中国の古典「易経」にある「開物成務(かいぶつせいむ)」から取ったものです。「物」は、知識のことです。人の知識を開いて務めをなすという意味になります。 要は、教育です。東京大学の前身は、東京開成学校でした。有名な受験校の名前にも、「開成」がありますね。本来は、受験だけに役に立つ知識ではなく、困難にあっても動じないだけの精神力に裏打ちされ、身を挺して、世のために尽くすような人材を輩出させようということだと思います。開成町の次の町づくりの目標は、町の名前に負けないような教育の町を創ることだと思っています。

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